2011 Fiscal Year Research-status Report
信用危機と革命―ジャック・ネッケルと十八世紀末フランスの政治・経済論の動揺
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23652013
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
王寺 賢太 京都大学, 人文科学研究所, 准教授 (90402809)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 国際研究者交流 / 政治経済学 / 財政論 / 軍事論 / 国際関係論 / 政治的代表制 / 公論 |
Research Abstract |
本年度の研究は、18世紀フランスの財政論の懸案である、軍事費支出についての政治的議論の検討から出発した。ネッケルの協力者であったレナルが、七年戦争後(1756-1763)に構想した未完の『戦争史』手稿は、近代ヨーロッパの国際的・国内的な政治秩序の生成を、戦争と軍事組織の変化を中心に跡づけるものであり、その終着点として、平和と経済的繁栄および国民の政治的自由の維持を困難にする、軍事専制の登場を位置づける。『両インド史』の「文明化」のプロジェクトは、『戦争史』が指摘するこの同時代の政治的難題を乗り越える企図を持って提唱されたのであった。この成果は、2011年7月グラーツの国際18世紀学会で発表された。関連の成果に、2011年10月の社会思想史学会でのルソーをめぐる討論がある。 夏期のパリ滞在は、1760年代から1781年までの政治経済論・財政論の調査に宛てられた。対象となったのは、フィジオクラット、ルソー、ドルバック、レナル、ディドロ、第一次財政担当期までのネッケルの著作である。その結果、『両インド史』におけるレナルとディドロが、1770年代のモープーのクーデタとアメリカ合州国独立戦争下での財政の悪化を背景に、土地課税への一本化・身分的免税特権の廃止・三部会の招集を三つの柱とする抜本的なフランス王国改革を提唱すること、またその提言には部分的な代表制の導入によって、国民からの信用=公債供給を強化し、戦時財政を切り抜けようとしたネッケルに対する批判を含むことが明らかにされた。 『両インド史』の財政論・政治論は、1760年代のレナルとネッケルによるインド会社改革のもくろみの延長線上に位置づけられる。この改革については、今年度発表された"Raynal, Necker et la Compagnie des Indes"で詳細に論じた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度の研究では、当初の計画とは異なり、1760年代に勃興する政治経済論よりもむしろ、国際関係論(軍事論を含む)と財政論のつながりに留意して研究を進めた。しかし、この視点の移動は、本来フランスにおいて、政治経済論の勃興が七年戦争後のフランスを取り巻く国際関係の変化(対イギリス海外覇権争奪戦における敗北)から生じていることを理解するなら、視野の拡大なり深化と考えられるべきものである。 また、レナルの『戦争史』手稿についての研究は先行研究もなく、これを『両インド史』と関係づけて論じる視点も研究代表者に固有のものである。それだけにこの研究成果は、国際18世紀学会でも注目を浴び、『両インド史』編纂委員会メンバーや聴衆からは、政治経済論、財政論に及ぶ活発な議論の対象となった。 この『両インド史』を中心とする1770年代の財政論の進展については、まだ研究成果公表の前段階にあるが、その先駆けとなる1760年代のレナルとネッケルの協力関係、およびこの協力関係の中核にある政治的代表制を担保とする金融システムの構想の解明については、研究論文の発表と同時に高い評価をえた。たとえば Agustin Mackinley,"Un 'best-seller" que cambia el mundo"(Amazon, Kindle Store)を見よ。 なお、今年度予定されていたパリ第一大学教授Bertrand Binocheの日本招聘については、東日本大震災などの影響により延期せざるをえなかったが、2012年4月に実現し、本報告書作成の時点ですでに無事に終了していることを申し添えておく。
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Strategy for Future Research Activity |
H24年度以降は、(1)近年つとに国際的な研究の対象とされている、財政問題とフランス革命の関連について先行研究をフォローすること、(2)その際特に、ネッケルの80年代の一連の著作を70年代の仕事との関連において理解することが主要な目標となる。この(2)について、最大の関心は『フランスの財政運営について』(1784)の理論的な検討である。そこでは、ネッケル自身の第一次の財務担当期を経て、彼の政治経済学的立場がどのような変化を見せるか、また第一期財政担当期まで、ネッケルの施策の中核をなしてきた、政治的代表制・公論・公債のトライアングルにいかなる変化が現れているかを見きわめる。とりわけ18世紀末の「公論」についての理論的考察として名高いこの著作の序文を、財政論との関係でどのように理解するかがひとつの鍵となるだろう。もうひとつの重要な著作は、ネッケルが第二次財務担当の直前に発表する『宗教的意見の重要性について』(1788)である。ここでも鍵となる概念は「意見opinion」であり、宗教が国家内の道徳的秩序や統一性の維持に果たす役割を強調するネッケルの考察が財政運営ととりもつ関係である。また、この宗教論とイギリス国教会分離派(ディセンター)の関連を検討する必要もあるかもしれない。プライス、プリーストリーら分離派は、アメリカ合州国独立の支持を通じて、フランスにロック的な「政府の解体」論を導入した陰の立役者であり、このプロテスタントのラディカリズムと財政論の関係は、その当否まで含めて、一度検討に値すると思われる。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
H24年度の研究費は、まず主に国際研究者交流に用いられる。第一に、初年度において実現することのできなかった、パリ第一大学教授Bertrand Binocheの招聘が予定されている(本報告書作成の時点で既に終了)。第二に、研究代表者自身のフランス・アメリカでの資料調査が予定されている。このうち、フランス(パリ)での調査は1780年代のネッケルを中心とする政治・経済的議論を対象とするもの、アメリカ(ニューヨーク)での調査は、ピエルモン図書館所蔵の『両インド史』第4版の準備草稿を対象とするものである。 この一連の旅費に加えて、論文発表のための文具代・製本代、論文の校正などのため一定の謝金が必要となる。また、研究文献の収集にも一定額が宛てられる。
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Research Products
(3 results)