2012 Fiscal Year Research-status Report
家のイデオロギーを掘り起こす―郊外小説から見た社会とコミュニティの断面図
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23652062
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
大石 和欣 東京大学, 総合文化研究科, 准教授 (50348380)
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Keywords | 郊外住宅 / ロンドン史 / 郊外小説 / ヴィクトリア朝文化 / ジョン・ベッチャマン / ベッドフォード・パーク / カンバーウェル / 建築史 |
Research Abstract |
本年度は昨年度までの調査の結果を踏まえて、19世紀末のロンドン郊外、とくにカンバーウェル、イズリントン、ハムステッドなどの歴史的状況について資料調査を行うと同時に、そうした郊外において建設された家屋についての実地調査を行った。それに基づき論文一本を執筆・発表した。 1) 社会史・建築史の領域で使う一次資料の収集と調査: 平成24年2月の調査の際に収集する一次資料を基礎にしながら、複数の特定の郊外についての生活様式、コミュニティの構造、歴史的文脈等を確定した。9月にはイギリスにおいて、資料調査を行うと同時にロンドンのカンバーウェル、ベッドフォード・パーク、ハムステッド、イズリントンなど19世紀後半に発展した郊外における住宅を現地調査した。特に郊外の住人が残した一次資料や郊外についての新聞記事等に着目しながら、コミュニティと住居についての調査を進めた。 2) 郊外小説に関する一次資料の収集(購入)と調査・分析: 郊外小説の作品のうち1年目で未収集であたものについては、上記9月の調査においても渉猟した。同時に、郊外へ移住する人々が抱き、流布することになったユートピアとしての郊外という神話を構築したイデオロギーについての調査に着手した。また、郊外住宅に大きな影響を及ぼしたウィリアム・モリスの中世趣味、ラスキンの環境美学についても考察を深めたが、都市内部の劣悪な生活環境を暴露することになったルポルタージュ風の小説あるいはジャーナリストの言説等までは調査が進まなかった。 3) 論文執筆: 1), 2)の調査を踏まえながら、9月にケンブリッジで開催された日英歴史家会議でパネル発表を行うと同時に、桂冠詩人ジョン・ベッチャマンを視点にした19世紀の建築論とベッドフォード・パーク、ハムステッドなどの郊外住宅論についての論考一本を執筆し、「東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学紀要」に掲載した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
全体としてはおおむね順調に進んでいる。とくに19世紀の建築史を俯瞰しながら、ゴシック趣味とその社会史的な意義については明瞭な理解が得られるようになったのは極めて有意義であった。また、9月の現地調査によって今まで見えなかったロンドン北部の郊外の形成の実態について推測がついたのは今後の研究にとって重要なステップである。 今までの調査の一部を、20世紀の桂冠詩人ジョン・ベッチャマンの建築論を中心にすえた論文として執筆・発表できたのも実績と言える。鉄道の発達については資料が不十分であったために一節を削除したが、それでもゴシック趣味とコミュニティの関係について、またロンドンの開発と郊外化の正負両面を社会史的な視点から検討できたのは意義があると考えている。 ただ、本年度の主眼の一つであると考えていた郊外化が進む一方でロンドン内部に残された暗黒としての貧民窟については計画通りに調査が進まなかった。これについては平成25年度の夏期に研究を進展させる計画である。また、「遺産」(Heritage)の問題についても、記憶、歴史感覚というものから考察を少しずつ深めることができたと考えている。これについては平成25年度の後半に考察を深めるつもりである。
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Strategy for Future Research Activity |
1~2年目の資料分析と現地調査に基づいて、本研究の問題意識の根底にあった郊外小説の住宅・建築物に賦与されたイデオロギー的意味について、いっそう踏み込んだ調査と考察を加えていく。ユートピアとしての郊外住宅のイメージは、根底において第一次世界大戦期に文壇に登場するGeorgian Poetryなどの田園詩、さらにはNational Trustなどにも共通する“Englishness”というイデオロギーと密接な関係性を保っていると考えられる。それらを含めた郊外小説についての最終的な資料調査を12月まで行う。国内では不可能な郊外の生活環境についての一次資料調査、未調査の郊外地域についての現地調査を8月~9月にかけて20日間の予定で行い、その後は国内において調査結果をとりまとめながら、マイクロフィルム等を使用して研究成果を論文としてまとめる。論文は国内外の学会で口頭発表の後に、学術誌へ投稿することとする。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
1) 資料の最終的な収集と調査(4月~12月) 1~2年目で収集できなかった資料、とくにこの時代のイギリス建築産業界の雑誌や機関紙における郊外住宅の位置づけや郊外生活環境についての見解について考察を行う。まず、ロンドンの建築物全体についての歴史的位置づけを試みた上で、その枠組みのなかでの郊外住宅の意味を考察する。その上で、ジョージ朝詩や「イングリッシュネス」のイデオロギーを構築することになった文学作品や言説を追跡することで、郊外住宅とのイデオロギー的リンクについて立証していく。国内では不可能な資料・現地調査については、8月~9月にかけて20日間の予定で行う。 2)「遺産」としての郊外住宅についての考察を行う。ゴシック趣味という19世紀的な文化の中で、「遺産」という概念が宿されていることを証明すると同時に、20世紀初頭以降のカントリーハウス消滅のなかで、集合的記憶の表象としての郊外住宅、遺産としての「イングリッシュ」な建築物・家屋への憧憬が募っていった過程を明らかにする。 3)論文の執筆と発表・投稿(1月~3月) 3年間の研究成果を取りまとめていく。2月末までにロンドンの建築についての気候論文において郊外住宅についての記述を行うと同時に、1~2年目で執筆した論考を土台としながら、本研究の総決算として郊外小説に描かれた住宅が包摂するイデオロギー的意味合いを明瞭にする。
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Research Products
(1 results)