2011 Fiscal Year Research-status Report
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23653090
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Research Institution | Kyoto Sangyo University |
Principal Investigator |
玉木 俊明 京都産業大学, 経済学部, 教授 (10288590)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 経済史 / 商業ネットワーク / 近世ヨーロッパ / 情報 / 国際研究者交流 / 大西洋 / アジア / 重商主義 |
Research Abstract |
平成23年度は、主として、ヨーロッパにおける商業情報伝達のありかたを研究した。平成23年9月2~6日にはドイツのフランクフルト・オーデルに行き、ヨーロッパ大学ヴィアドリナで18世紀のオーデル川周辺の商人の情報ネットワークについて史料を収集し、同大学のクラウス・ヴェーバー教授からレビューを受けた。さらにウールリッヒ・ミッケから、近世のハンブルクにかんするレビューを受けた。オーデル川に沿って商人のネットワークが形成されていったことがわかった。 平成24年2月18日には、" Global Network of Early Modern World: From the Atlantic to Asia"という国際ワークショップを開催し、本経費から、ポルト大学のアメリア・ポローニア教授とパリ大学大学院生の野澤丈二氏を招聘し、ユヴァスキュラ大学のヤリ・オヤラ教授に謝金を支払った。これは、計5名の発表者からなるワークショップであり、近世の大西洋からアジアにいたる、商業ネットワークと国家の関係、さらに情報の伝達のあり方について論じたものである。このワークショップによって、近世における商人の自発的なネットワーク形成のあり方と、国家が形成したネットワーク形成の相違が、情報伝達という観点から比較された。すなわち、15世紀のうちに海外発展を経験したポルトガルでは商人独自のネットワーク形成がなされたのに対し、18世紀になって海外進出したスカンディナヴィアでは、国家がリーダーシップを握り、商人に情報を提供したことが明らかにされた。 平成24年3月15-16日にパリで開催された、重商主義に関する国際ワークショップに参加し、重商主義という国家政策と国家の情報管理との関係について学習した。 このように、今年度は近世ヨーロッパ諸国の情報についての研究が進められ、大きな成果があった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成24年度から25年度にかけては、ヨーロッパの近代、さらにアジアの近代の情報ネットワークのあり方について研究したい。 そもそも、近世ヨーロッパの情報伝達は、とりわけ商業情報の伝達は、国家とは無関係の、コスモポリタンな商人のネットワークに依存していた。伝達手段としては商業書簡が多いに利用された。たしかに、国家が経営する郵便ないし国家が業務を委託した郵便も使われていたが、商業通信は、国家から独立した国際貿易商人の手によって送られた。 しかしながら、そのような様子は、18世紀になると大きく変化する。この頃、ヨーロッパ各地、なかでもスカンディナヴィアで領事制度が発達し、国家が、商人に必要な情報を提供するようになる。情報は国家が供給する公共財となった。すでに現在では、イギリス産業革命でさえ、国家が経済成長に大きく関与したからこそ成功したのだという見方が主流になっているが、商業情報の伝達という点からも、国家の役割は無視できないほど大きくなった。 商業情報伝達における国家の役割は、19世紀に入ると一段と強化される。それは、1840年代以降、電信が実用化されることによって生じた。電信のような巨額のインフラ整備には、国家のバックアップが必要である。世界の電信のほとんどはイギリス製であり、どの国の商人も、イギリスが敷設した電信、さらには海底ケーブルなしでは事業を営むことができなくなっていった。1871年になると海底ケーブルが日本の長崎にまで及び、世界の商業情報が電信によって一体化したのである。そして、その中心にいたロンドンが、世界経済の中心として栄えるようになった。もはや商人は、国家が提供する情報網なしでは、商業の遂行が不可能になっていくのである。
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Strategy for Future Research Activity |
情報は、経済学的には、サービスや技術とともに無形財intangible goodsに属する。しかしサービスや技術と比較すると、情報はより不可視であり、とらえどころがない。情報の価値は人により、時間により、場所により常に変動する。これらの点で、非常に稀な財だといってよい。したがって、経済史ないし現代経済の研究対象として情報を中心に据えることは困難をともなう。それゆえ、少なくとも経済史において、情報に関する研究は極めて少ない。 とはいえ情報は、現代経済の観点からも重要であることはいうまでもない。本研究では、経済史の観点から、「情報」のもつ意味を考えてみたい。新古典派の経済学では、すべての人が同じ情報を共有することが前提とされてきた。しかし、いうまでもなく、現実の世界では人々の情報量は大きく違う。 スティグリッツやアカロフがいうように、情報の非対称性が市場の失敗を生み出すのが事実だとしても、情報が非対称的であることを利用して、人々は経済活動を営むと考える方が現実世界に適合的だといえよう。商人にとってなによりも重要なことの一つとして、他の商人よりも良質の情報を入手するということがある。それゆえ現実の経済では、情報は必然的に非対称的になる。だからこそ商人は、利潤を手中にする。とはいえ、あまりにも情報の非対称性が大きいと、市場は適切な機能を失う。また、正確な情報が速く伝わる社会の方が、経済発展に適していると考えられよう。個々の商人は情報の非対称性を利用して利益を得るが、社会全体としてはそれを縮小させなければ適切な経済活動が困難になる。企業の活動と経済全体のありかたとの関係は、おそらくこのようにまとめられよう。そのような研究は、経済史・経済学・経営学の接点ともなるはずであり、この方向からの研究を継続したい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成24年度は、ヨーロッパにおける国家と商業情報との関係に焦点をあてて研究を進めたい。 現在のヨーロッパ経済史研究では、「例外的なイギリス」といわれることが非常に多い。これは、イギリスの財政システムが、他国にさきがけ18世紀のうちに中欧集権化したことを意味する。これは現在のヨーロッパ経済史でほぼ定説となった見解であるが、私は、それを商業情報の国家管理という点から見ていきたい。すなわち、18世紀の段階で、イギリス政府がどの程度商業情報の管理に成功していたのかという点を、他国との比較から明らかにしたい。 そのために、平成24年8月下旬にイギリスとオランダに渡り、史料を収集する。渡航には、外国旅費を充当する。オランダは、イギリス以前のヘゲモニー国家であり、国家ではなく、商人が独自のネットワークをもちいて商業情報を入手していた。それに対しイギリスは、商業情報伝達に対して、国家の介入が強まっていった。そのことについて、イギリスの文書館とアムステルダムの文書館で収集した史料をもとに、分析を加えたい。ロンドンでは、Post Officeの文書館で史料を収集する。Post Officeは、イギリスの電信に関する史料が数多くあり、ここでの史料調査により、イギリスの電信ネットワークの一部が解明されると期待できる。さらにアムステルダム市立文書館に行き、アムステルダムの商業情報の基盤となる「価格表」の調査をおこないたい。この調査で、アムステルダム商人の情報が、どのようにしてヨーロッパ各地に波及したのかが、ある程度明らかになると期待される。 このほか、必要な書物や論文を入手し、18世紀を中心とするヨーロッパの商業情報流通のあり方について検討を加える。
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Research Products
(4 results)