2013 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
23653090
|
Research Institution | Kyoto Sangyo University |
Principal Investigator |
玉木 俊明 京都産業大学, 経済学部, 教授 (10288590)
|
Keywords | 情報 / オランダ / イギリス / 電信 / 蒸気船 / ポルトガル / 金融 / 構造的権力 |
Research Abstract |
オランダがヘゲモニーを握っていた一七世紀中葉においては、アジアはまだ世界経済のなかに入ってはいなかった。また、オランダ商人より、ポルトガル商人の活躍が目立った。近世のポルトガルは世界最初の海洋帝国であり、異なる文化圏に属する商人からなる異文化間交易の中心であった。たとえポルトガルの政治的帝国が没落したとしても、ポルトガル人の商業ネットワークは残った。 たしかに、オランダはヨーロッパにおいては他地域よりも繁栄した国となった。その貿易ネットワークは世界的に拡大した。しかし、ポルトガルの貿易ネットワークはそれ以上に大きかったのである。しかも、アジアのオランダ植民地においても、ポルトガル商人の役割は無視できないほど重要であった。 イギリスは、ポルトガルのあとで、世界最大の貿易ネットワークを有する国になった。しかもイギリスは、広大な異文化間交易圏を、巧みに自分たちのシステムのなかに取り込んでいった。実は「イギリス帝国」とは、異文化間交易をいわば内部に取り込んだシステムであった。「ポルトガルからイギリスへ」という言葉の意味は、ポルトガル海洋帝国のいわば遺産をイギリスが受け継ぎ、オランダの次にヘゲモニー国家になったということなのである。 現在の研究では、ポルトガル海洋帝国は、国家が主導したのではなく、商人がみずから組織化し、自発的に海外に出て行ったといわれる。それに対しイギリスは、ヘゲモニー国家として、さまざまな国が従わなければならないゲームのルールをつくり、それを他国・他地域に押し付けようとした。それは、国歌がイニシアティブをとり、電信を世界中に敷設することにより、世界の情報・金融の中心となったからである。 イギリスは、まさに「情報の帝国」となったのである。
|
Research Products
(4 results)