Research Abstract |
近年,生体高分子のX線結晶構造解析の精度が飛躍的に向上し,活性中心における外殻電子の軌道自体を実験的に求める試みも見られる。本研究では,非経験的電子構造計算の結果を用いて,回折実験データとの比較を理論的に行うことにより,生体高分子の活性中心の立体構造と電子構造の双方を最良の精度で獲得し得る解析法の開発を初めて試みた。そのための理論スキームを開発し,それを実装した計算システムの主要部分を構築することにより,解析法の妥当性・実現性を評価するのが本研究の目的である。初期座標(例えば,通常の構造精密化による原子座標)から電子密度を計算し,回折実験による電子密度との比較を行い,両者がより良く一致するように原子座標を移動した後,電子構造計算を再度実行する。これを繰り返して,最終的にふたつの電子密度分布をベストフィットさせる。このアルゴリズムの詳細の構築と実装を行い,実験データに適用した。その結果,座標の更新法や計算結果と実験データとの比較法などに,理論的工夫を要することが分かった。すなわち,現在の高精度な回折データの多くは1.5A前後の解像度であり,この領域では実験データに含まれる誤差の適切な評価・処理技術が,データの比較精度を向上させるために不可欠である。この問題は0.5Aレベルの高解像度のデータを用いることによって回避できると考えられるが,本研究では現在の主たる解像度領域の実験データ(中解像度)に対する適用を目指した。そこで,電子密度分布にこうした系統的な実験誤差を仮定し計算結果をフィットさせるための新たな理論の構築をさらに行った。本研究の結果により,当初の構想の実現が十分に可能であると考えられる。それには上述の点などがキーとなる。このように本研究により,生体高分子においても回折データに基づいて超精密電子構造を自動的かつ正確に獲得するための技術開発へと展開するための基盤が構築されたと考えられる。
|