2012 Fiscal Year Annual Research Report
ガラス形成液体における動的不均一性とその時空間構造の理論解析
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23684037
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Research Institution | Institute for Molecular Science |
Principal Investigator |
金 鋼 分子科学研究所, 理論・計算分子科学研究領域, 助教 (20442527)
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Project Period (FY) |
2011-04-01 – 2014-03-31
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Keywords | ガラス転移 / 過冷却液体 / 分子シミュレーション / 動的不均一性 / 動的相関 / 多点相関 / 多時間相関 / フラジリティ |
Research Abstract |
ガラス転移とは過冷却状態でも構成する分子がランダムな配置のまま運動が凍結してしまうことであり、金属、高分子、分子性液体など様々な物質で共通して見られる普遍的な現象である。特にガラス転移温度近傍では、粘性係数などの動力学がわずかな温度低下でも極端に緩慢になることが大きな特徴である。動力学の温度依存性にはアレニウス挙動を示すシリカガラスから、劇的な超アレニウス挙動を示すo-terphenylなど、物質によって幅広く分布することが知られている。そこで、フラジリティという温度変化による構造変化の敏感性を定量化している量が提案され、つまりファンデルワールス力など相互作用が等方的な分子性液体ではfragileになりやすく、一方で分子間のネットワークがしっかりと保持されたシリカガラスはstrongになると分類される。これまでアレニウス則を超えるためには分子の個別的な熱運動だけでなく複数の分子が関与する協調的運動が必要であると考えられてきた。ここ最近、特に分子シミュレーションによって、ガラスや過冷却液体では動的不均一性とよばれる時空間に不均一に発生する運動相関領域として協調運動を捉える試みがされてきた。そこで本研究では、当該分野で様々に調べられているfragileおよびstrongガラスを示すモデルを複数取り上げ、フラジリティと動的不均一性の時空間構造つまり、相関長とそれに関連した時間スケールとの関係について考察した。それために、代表者らがこの数年提案している密度場の多点・多時間相関関数による解析を適用した。その結果、超アレニウス性を示すfragileなガラス形成液体ほど、動的不均一性の強い成長則と長時間寿命を示すことを系統的に見出した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ガラス転移の物理へ多様性をもたらすフラジリティの概念の重要性はここにきて一層増している。しかし残念ながら、ガラス転移研究の分野では超アレニウス挙動を示すfragileガラスさえ徹底的に調べれば、フラジリティを理解できると信じられて研究が推進されてきた。しかし協調運動とフラジリティがどのように相関しているのか非自明なまま取り残され系統的に調べられたことがなかったのが現状である。本研究ではそのような状況を打破すべく、動的不均一性とよばれる協調運動の時空間構造を代表者ら独自の解析手法を適用した。四面体ネットワークが強固に張り巡らさているシリカガラスなどstrong液体ではアレニウス的な振る舞いを示すが、そこでは動的不均一性は2点相関関数によって決まるα緩和時間よりもはるかに早く消滅し、つまり協調運動は主要な役割を果たしていない。その一方で、Lennard-Jones液体など相互作用が短距離的なfragile液体では、過冷却されるとともにむしろ協調運動が支配的となり超アレニウス性を示すが、そこで動的不均一性の時間スケールは2点相関関数によって決まるα緩和時間よりもはるかに遅くなり、2つの時間スケールがデカップルするということを見出した。以上、本研究によって動的不均一性の観点からフラジリティの物理的な意味付けをすることに成功し、その意義は大きいものと考える。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度の結果を踏まえながら次年度は、過冷却水において大気圧下約230K付近でみられるfragile-strongクロスオーバーをターゲットとし、動的不均一性の観点から水の液液転移に新しい視点を提供することを目指す。水の動力学異常性として知られるようになったのが水分子の並進拡散係数の温度依存性が高温の超アレニウス(fragile)挙動から大気圧下230K付近で低温のアレニウス(strong)挙動へ変化することが、Chenらの中性子散乱やNMR実験で明らかにされてきた。またStanleyらは分子動力学シミュレーションでも同様のfragile-strongクロスオーバー挙動があることを示している。これらの実験・シミュレーション結果は、いわゆるWidom線を横切る際に起こる現象として整理され、高圧下における水の高密度相と低密度相間の液液転移の傍証であるとされている。つまり、過冷却水では低密度相と高密度相の構造変化における異なる動的不均一性の競合がfragile-strongクロスオーバーに関与している可能性を示唆する。このような動力学の視点で過冷却水の性質を議論することでこれまえにないまったく新しい動力学視点を提供することができる。本研究では水のモデルとしてTIP4P/2005モデルを用い過冷却水の分子シミュレーションを実行し多点・多時間相関関数による解析によって、(a)230Kで動的不均一性の時空間構造がどのように変化するのか、(b)粘性率と並進(回転)拡散係数が関係するStokes-Einstein(-Debye)則がどのように破れるのか、(c)過冷却水のフラジリティーの変化の物理的起源を明らかにする。
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