2012 Fiscal Year Annual Research Report
分子揺らぎの寄与する有機半導体キャリア伝導機構解明と高移動度トランジスタの開発
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23686005
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
植村 隆文 大阪大学, 産業科学研究所, 助教 (30448097)
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Project Period (FY) |
2011-04-01 – 2014-03-31
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Keywords | 有機トランジスタ / Hall効果 / 熱揺らぎ |
Research Abstract |
昨年度のルブレン(Ru)、ペンタセン(Pen)の単結晶構造解析の詳細な検討を行った。回折パターンから得られる異方性温度因子を元に剛体振動解析(TLS法)を行い、分子の並進、回転など、結晶中の分子の運動(揺らぎ)の大きさを定量的に得ることに成功した。計画当初、分子骨格の単純なPenに比べ、フェニル基を有するRuの方が立体障害のため揺らぎが小さい事を予測していた。しかし解析の結果、分子の長軸方向の並進運動のみがPenの方が大きく、その他の並進、回転に関してはRuの方が大きいという結果となった。この結果から、分子の揺らぎの大きさのみではキャリアのコヒーレンスの乱れを説明する事は不十分である事が明らかとなった。 揺らぎの大きさを定量的に得ることが出来たため、理論グループの協力により、隣接分子の空間的なずれが、HOMO軌道の重なり(重なり積分; t)に及ぼす影響(Δt)を検討した。分子上のHOMO軌道は、分子ごとに特有のトポロジーを有しており、同じ揺らぎの大きさでも、Δtの値は分子ごとに異なる。現在、平衡位置におけるtに対し、Δtが及ぼす影響、すなわち「Δt/t」がキャリアコヒーレンスを決定するパラメータであると仮定して検討を進めている。 「Δt/t」の影響を実験的に調べるため、圧力印可下におけるキャリアコヒーレンス評価を行った。その結果、Pen分子において、室温常圧下に比べ、圧力の印可、温度の低下に伴い、コヒーレンスの回復が観察された。圧力印可は分子間距離を減少させ、tの値を大きくする。一方で、分子間の空間が減少するため分子揺らぎが小さくなり、Δtの減少が予測される。また、温度低下は分子揺らぎを小さくし、Δtが減少する。これらの結果、「Δt/t」の値が小さくなるため、キャリアコヒーレンスの回復が実現するという結論を得る事ができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究は、高移動度なキャリア輸送を実現する有機半導体中のコヒーレントな電子状態に対し、室温近傍の熱エネルギーによる分子揺らぎが及ぼす影響を明らかにする事が目的である。これまでの二年間の研究では、ペンタセンにおけるキャリアのコヒーレンスに対する分子揺らぎの影響について検討を行ってきた。Hall効果測定を用いた新たな実験結果としては、外部からの圧力の印可によって、コヒーレンスの回復を観測することに成功したことである。この様に、実験的には、温度、圧力などの外場の制御によってキャリアのコヒーレンスの制御を行うことに成功しており、分子揺らぎがキャリアの輸送に及ぼす影響について理解が深まった。 更に、昨年度に行ったSpring8におけるルブレン、またはペンタセンの単結晶構造解析の詳細な検討によって、実際の結晶中における分子揺らぎの大きさを定量的に評価することに成功した。本研究の計画当初、これほどまでに正確な、分子揺らぎについての定量的な評価については計画していなかったが、この実験結果と計算グループの協力により、分子揺らぎのキャリア輸送に対する理解が大きく進捗することとなった。 具体的には、平衡位置における隣接分子間の重なり積分(t)に対して、分子の揺らぎに起因する重なり積分の振れ幅(Δt)の大きさが重要であることが明らかになった。この結果により、分子のHOMO軌道のトポロジーを考慮しなければならない事が分かってきた。すなわち、高移動度の有機半導体分子の実現には、分子の揺らぎに対して、Δtが小さくなるようなHOMO軌道を有する分子骨格が望ましいと考えられる。このように、これまでの二年間の研究により、有機半導体のキャリア輸送に対する分子揺らぎの及ぼす影響を定量的に評価することが可能になり、高移動度の有機半導体分子を実現するための分子設計指針を提案すべき段階にある。
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Strategy for Future Research Activity |
先にも述べたように、これまでの研究において、分子上のHOMO軌道のトポロジーと、揺らぎの程度の関係によって、重なり積分の揺らぎ(Δt)が決まることが分かった。本研究の目標である、分子揺らぎの効果と、分子構造の相関を体系的に理解するためには、分子上のHOMO軌道のトポロジーの異なる分子系での詳細な実験と、それに合わせた計算が必要となる。また、昨年度の研究において、有機トランジスタに外的な圧力を加えることによって、分子揺らぎの効果を低減し、キャリアのコヒーレンスが回復する実験結果を得ることに成功している。今年度においても、この圧力効果を用いた、キャリアのコヒーレンスの評価を進める予定である。 分子構造に起因する分子揺らぎの程度と、キャリアのコヒーレンスの乱れの関係については、ミクロスコピックな理論計算が必要となる。このため、昨年度から引き続き、理論グループからの研究協力を得る。手法として波束のダイナミクスを計算してコンダクタンスを得る時間依存波束拡散法を用いて、有機トランジスタ中のキャリア輸送を記述する。さらに、分子動力学計算によって結晶中における分子揺らぎの程度をパラメータ化し、Δt/tの値を重要なパラメータとして時間依存波束拡散法に導入することでキャリアのコヒーレント状態に寄与する分子揺らぎの影響を定量的に評価する。 本研究計画の最終年度となる今年度は、本研究で得られた知見を元に、熱揺らぎの影響の少ない分子骨格の探索を行い、高移動度を実現するための分子設計指針をまとめる。それに加え、高移動度の有機トランジスタ実現のためのデバイス作製についても実験を行い、最終的に本研究の総括を行う予定である。
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