2011 Fiscal Year Research-status Report
中国の辺境統治をめぐる「持続可能な発展」と資源管理の現地主導性開拓に関する研究
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23710299
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Research Institution | Hiroshima University |
Principal Investigator |
別所 裕介 (原 裕介) 広島大学, 国際協力研究科, 助教 (40585650)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 中国辺境 / 持続可能性 / 現地主導 |
Research Abstract |
本研究の目的は、環境保全をめぐって政治・経済・社会にわたる複合的諸課題に直面しているチベット高原の「持続可能な発展」を構想するうえで不可欠な、被開発地域の人々をいかにして環境保全の能動的主体として組み込むか、という問題において、従来現地主導のアクターとしては看過されてきたチベット仏教僧院組織が果たしうる役割について総合的に検討することにある。 本年度は、研究計画の全体的方向性を絞り込むため、「仏教を通した環境の見方」について、現地調査と文献資料の両面から整理した。具体的には、中国本土チベットの主要な調査地である青海省の牧畜村において牧畜経営の実態に関する現地調査を行った。また、これに加えて、年度後半には、本土チベットの外側に展開するグローバルなチベット仏教組織から及ぼされる影響を加味するため、ネパールのチベット仏教僧院に長期滞在し、そこで形成されている環境主義的仏教思想の成り立ちについて集約的調査を実施し、論考にまとめた。なお、調査の具体的内容は以下の二点に整理できる。 (I)文献資料:ケースウェスタン・リザーブ大学を拠点として公開されている青海省の牧畜に関する歴史・統計資料を収集・整理したほか、国立トリブバン大学ネパール・アジア研究センターにおいてチベット仏教関連の研究資料を収集・整理した。 (II)現地調査:フィールド調査では、前述の牧畜村において牧畜経営の基礎資料を参与観察によって得たほか、チベット仏教を旗印として環境保全運動を進めるグローバル組織である"KHORYUG"のネパール支部を対象として、同組織が推進する自然資源と環境保全に関する啓発活動や社会実践の実態について網羅的調査を実施した。 以上の成果により、宗教組織を仲立ちとした環境保全活動が「伝統仏教」の文化的権威のもとで担われていく上での具体的な特質について基礎的資料を完備することができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究初年度となる本年度においては、当初の研究目的に沿って、青海省ゴロク州F県G郷の牧畜村を対象として、現状での牧畜経営の実像を調査した。現地では、環境荒廃という全体現象の中で部分を占めるにすぎない「過放牧」への対策を名目として生態移民政策が推進されており、そうした社会政治的背景のもとで、現状での牧畜経営がどのような行き詰まりを見せ、またどのような打開策が考案されうるのかを、まず現地の実情に照らして考察する必要があった。このため、2011年12月~翌年1月にかけて、「ルコル」と呼ばれる伝統的な世帯構造を基幹として行われる相互扶助的な女性の家事労働と男性の畜群管理に焦点を当て、草原環境の長期保全を可能にしてきた伝統的な民俗知と労働体系について基礎資料を収集した。これらの資料については、アメリカの調査機関によって収集されている同州の牧畜に関する歴史・統計資料と突き合わせたうえで投稿論文として刊行することを予定している。 また上記調査資料に加え、現地牧畜民が仏教を通した環境の見方を形成するうえで無視しがたい影響力をもっている外部のチベット社会、すなわち亡命チベット社会とのつながりについても検討する必要が生じていたため、ネパールの亡命社会で形成された環境保全団体である"Khoryug"の活動を事例として長期の参与観察を行った。これにより、仏教的価値規範と近代的環境主義を折衷した形で語られる現地牧畜民の環境認識について、それらの言説が外部のグローバル化したチベット仏教教団の影響力のもとにおかれていることが明らかとなった。 以上の研究の進捗により、(1)調査地における牧畜経営の実状把握、(2)僧院の社会活動に対する住民側の参加と協力を下支えしている牧畜コミュニティの共同性、の二点について、おおむね当初の目標を達成することができている。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度以降は、現地調査から得られた映像資料を含む参与観察資料の整理統合によって、研究成果の社会的還元の点でも、視覚資料のアーカイブ化の点でも、現地当事者および現地研究者との協力体制のもとで持続可能な研究体制の構築を視野に研究を推進していく。 2012年度前半には、前年度の牧畜経営の実態に関する調査資料を下敷きとして、引き続き同一牧畜村を対象に参与観察を行い、(1)環境荒廃に対処可能な地域共同体の再構成、および(2)当該村の人々が、具体的にどのような人的ネットワークの組織化を通じて僧院が提起する仏教的価値規範にのっとった環境保全活動を推進するのか、について具体像をつかむ作業を進める。年度後半には、上記2点を土台として、特にルコルを基幹とした現地主導の環境保全と資源管理の実践について、(1)人為的な要因、(2)気候変動による要因の二点に分け、それぞれの要因に現地主体がどのような対応を試みているのかを詳細に記述する。 また、上記現地調査とリンクさせつつ、地域の自主的なルール作りに関与している文化的な価値規範についての通時的理解を深める。具体的には、大阪・千里の国立民族博物館所蔵のチベット関連書籍を用いて時系列的にその系譜をさかのぼり、当該地域の歴史的な政治・経済構造に根差した仏教的・民俗的価値規範の前近代から現在までの持続と変遷を跡付ける。 以上のように、今後の研究推進にあたっては、上記の質的調査法と歴史資料とを合わせた手法を通じて、従来現地主導のアクターとしては看過されてきたチベット仏教僧院組織が環境保全に果たしうる積極的な役割について、学会やシンポジウムの機会を通じて多様な議論の場を喚起しつつ、映像を用いた視覚資料の整備などの手段も投入して、総合的に明らかにしていく計画である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
次年度の研究費の使用計画については、そのほぼ6割を調査旅費に用いる計画である。これは、国内の各種研究会議やシンポジウムに参加して本研究課題の意義に基づく議論喚起を幅広く行う必要性があるためと、次年度以降は積極的に中国西北部の研究機関と連携し、現地研究者との学際的な議論の共有を進めるため、甘粛省の西北民族大学を場として研究会合を実施し、専門家との意見交換を進める必要があるためである。なお、国内旅費については大学規定の旅費基準に依拠し、海外渡航費についても一般的な格安航空券の価格に依拠する。 以上のことから、次年度の各項に記載された研究経費は、次年度の研究計画を円滑に推進し、より効果的な研究成果を生み出してゆくために妥当なものであり、かつ必要不可欠なものとなっている。
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Research Products
(4 results)