2012 Fiscal Year Research-status Report
中国の辺境統治をめぐる「持続可能な発展」と資源管理の現地主導性開拓に関する研究
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23710299
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Research Institution | Hiroshima University |
Principal Investigator |
別所 裕介 広島大学, 国際協力研究科, 助教 (40585650)
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Keywords | 中国辺境 / 持続可能性 / 現地主導性 |
Research Abstract |
2年目となる本年度は、調査地である青海省ゴロク・チベット族自治州F県のG郷H村において、夏季(9月)と冬季(1月)の2回の現地調査を行った。夏季調査では、「ルコル」と呼ばれる牧畜民の生計活動の基幹となる社会単位を基準として、家畜を中心とした夏の生産活動とそれに伴う資源確保の問題を、G郷生態保全委員会を主体とする環境保全活動の事例を通して検証した。一方冬季調査においては、越冬キャンプ地周辺におけるH村を母村とする放牧グループにおいて、上記委員会が定期的に開催する話し合いに同席し、主要なメンバーへの聞き取りを行った。これらの現地調査によって得られた資料をもとに、前年度において明らかになった「仏教を通した環境の見方」に基づく現地主導の環境管理体制について、以下の基本的理解に到達することができた。 1)G郷の民間組織である生態保全委員会は、冬虫夏草の過剰採取、害虫・害獣による家畜被害などの実害に対して、地元政府が行う公的な対策とは別に、仏教的な「不殺生」や民俗的な「精霊信仰」の規範を内側に組み込んだ自主的な草原管理のルールを独自に制定している。 2)上記委員会のメンバーは、各自が所属するルコルにおいて、①牧畜地域の生態環境保全に関する啓蒙普及、②冬虫夏草や野生動物の乱獲を取り締まる「環境自警団」の組織、③母語であるチベット語の健全な習得環境の整備、といった多角的な活動に携わっている。 3)彼らのこうした活動は、出家者の組織として地域に影響力を持つ仏教僧院とは異なり、俗人を主体とした草の根の伝統文化発揚運動として、コミュニティ内部の自文化に対する意識の向上にも重要な役割を果たすようになっている。 中国の国家統合に関わる文脈で厳しい統制下に置かれる現代チベットにおいて、以上のような民間での自立的な活動の具体像が明らかとなったのは初めてであり、今後さらなる現地調査の遂行が求められる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の最終達成目標は、辺境地域の生態環境保全をめぐって政治・経済・社会にわたる複合的課題に直面する中国中央政府による環境管理政策を背景に踏まえつつ、チベット高原の居住者自身がもつ文化的価値規範に基づく自然環境保全の実践を実例に即して捉えることである。 この点に関して、研究二年目となる本年度においては、①研究対象であるG郷生態保全委員会の活動を支える理念的背景、②およびその活動自身の社会的位置取り、の両面について実質的な活動内容に関する資料を収集し、次年度の全体総括に資する用意を整えることができた。 これまで現地では、環境荒廃という全体現象の中で部分を占めるにすぎない「過放牧」への対策を名目として牧畜民を草原から立ち退かせる生態移民政策が推進されており、牧畜の急速な衰亡という現実の中で、現地牧畜民がいかなる対応行動をとっているのかを詳細な現地調査によって明らかにすることが求められていた。本研究では、当初予定したとおり、「ルコル」単位でのコミュニティの共同性の微細な変化に視線を合わせつつ、そうした変化に対応して生起する牧畜民自身の環境の捉え方、およびそれに基づく環境保全の実際行動について具体的な資料を集めることができた。 以上の経過により、①調査地における変動する草原環境に対する住民自身の認識、②およびそこにおける彼ら自身の価値判断に基づく環境保全運動と地域住民の参画状況、の二点について、おおむね当初の調査活動の達成目標に到達することができている。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は研究の総括の年に当たる。これまでの現地調査から得られた映像資料を含む参与観察資料の整理統合によって、研究成果の社会的還元の点でも、視覚資料のアーカイブ化の点でも、現地当事者および現地研究者との協力体制のもとで持続可能な研究体制の構築を視野にさらなる研究を推進していく。 次年度前半には、ローカルな環境保全をめぐるミクロな実践に関する調査資料を下敷きとして、引き続き同一牧畜村を対象として二度の現地渡航を行い、環境荒廃に対処可能な地域共同体のネットワークの具体的な成り立ちを検討する。次年度後半には、同一地域で活動する他の環境保全・管理機構と、G郷生態保全委員会の関係を検討する。 研究推進と総括に当たっては、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の牧畜研究関連プロジェクト、および名古屋大学文学研究科・嶋田義仁教授が主催する『牧畜解析によるアフロ・ユーラシア内陸乾燥地文明とその現代的動態の研究』に参加する多種多彩な牧畜研究者との意見交換を進める。また、6月には第47回日本文化人類学会全国大会、7月には、モンゴルのウランバートルで開催される第12回国際チベット学会にて、本研究の成果発表を予定している。 以上の研究交流によって得られた知見をフィードバックしつつ、中国の辺境統治と資源管理構造全体の中での文化的活動主体の位置づけを、映像を用いた視覚資料の整備などの手段も投入して、総合的に明らかにする。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
次年度の研究費の使用計画については、その7割を調査・研究上の旅費に用いる計画である。これは、上記に示したように国内の各種研究会議やシンポジウムに参加して本研究課題の意義に基づく議論喚起を幅広く行う必要性があるためと、現地チベット人研究者との学際的な議論の共有を進めるため、甘粛省の西北民族大学などを場として研究会合を実施し、専門家との意見交換を進める必要があるためである。なお、国内旅費については大学規定の旅費基準に依拠し、海外渡航費についても一般的な格安航空券の価格に依拠する。 以上のことから、次年度の各項に記載された研究経費は、次年度の研究計画を円滑に推進し、より効果的な研究成果を生み出してゆくために妥当なものであり、かつ必要不可欠なものとなっている。
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