2012 Fiscal Year Research-status Report
近代日本の伝統音楽における演奏の場についての実証的研究:箏曲演奏会を中心に
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23720075
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Research Institution | Ochanomizu University |
Principal Investigator |
福田 千絵 お茶の水女子大学, 文教育学部, 非常勤講師 (10345415)
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Keywords | 演奏会 / 邦楽 / 箏曲 / 三曲 / 家元制度 / 近代化 / 外地 |
Research Abstract |
本研究は、近代における日本の伝統音楽の、演奏会を始めとする「演奏の場」の変遷を実証的に明らかにし、それにもとづいて、伝統音楽が、文化的・社会的に大きく変動した時代においてどのように伝承を継続し、活動を展開させたのかという経緯について考察することを目的とする。実証的な邦楽演奏会研究の端緒として、本研究では、箏曲を中心として基礎データを収集し、近代的家元制度の確立、「演奏の場」の西洋化、太平洋戦争のための芸術活動の規制、現代の「演奏の場」への道筋、の4点について考察を行う。 2年目となる今年度は、初年度に引き続き、演奏会データの入力作業を継続した。そのデータに基づき、東京における家元の演奏活動および、「外地」における日本人の演奏活動を考察し、都道府県別のデータ分析を行った。 演奏会データに関しては、大正後期から昭和前期にかけての箏曲に関する重要文献である邦楽雑誌『三曲』(1921年創刊-1944年終刊)の全号を主要な資料とし、掲載されている演奏会プログラムおよび予告と報告記事から、演奏会名・開催日時・場所の基本情報を抽出し、統計ソフトで管理した。多量のデータ入力に予想外の時間がかかったが、入力項目を絞ることで『三曲』全号25年間の演奏会データ全件、すなわち約1万件の基本情報の入力が完了した。 データに基づく考察を通して、次の各点が明らかになった。(1)『三曲』は東京で刊行された雑誌であるが、データは沖縄を除く全国、そのほか朝鮮・満州などの「外地」、米国の演奏会が含まれていた。(2)東京の演奏会を家元の活動を通して考察した結果、演奏会の大規模化の過程が導かれた。(3)朝鮮・満州などの演奏会データ約700件を分析した結果、戦前の「外地」における日本人の音楽活動は「内地」を指向したものであった。(4)戦前の邦楽の「演奏の場」について、東京の演奏会を中心に分類を試みた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
研究は計画に沿って進めているが、一部に遅れが生じている。詳細について、1.データ入力と2.考察に分けて記述する。 1.データ入力:今年度は、当初の計画通り、『三曲』全号の演奏会プログラム、予告と報告記事に基づく演奏会データの抽出、入力を達成した。今年度に新たに入力した1930年代の情報は件数が多く、煩雑であったのに対して、入力項目を絞ることで対処し、入力補助員の尽力により、予定通り遂行することができた。また、『三曲』記事における演奏会に関する言説を抽出する作業を行ったが、情報量の多い1930年代については完了したものの、そのほかの年度については次年度に継続する。 上述の作業はほぼ予定通り遂行されているが、次の2点は計画が難航している。当初の予定であった、『三曲』以外の音楽雑誌のデータ抽出は『三曲』の情報量と大きな差があるため、扱いを検討中である。また、伝承者所蔵の資料の閲覧は、働きかけを始めているが、伝承者の手元に資料が残されていなかったため、まだ実現していない。 2.考察:考察に関しては一部、公表が実現しなかったものの、おおむね計画通りに進んでいる。まず、近代的家元制度の確立について、東京の演奏会を中心に考察し、研究発表を行った。家元を長とする会派の設立と家元同士のネットワーク形成が、演奏会の大規模化の背景にあったことを明らかにした。合わせて、多種多様な「演奏の場」の分類を試みた結果、「演奏の場」の西洋化の一端が明らかになった。次に、全国都道府県のデータを分析するなかで、朝鮮・満州などの演奏会データに着目し、考察を行った。戦前の特徴として「外地」の日本人が「内地」と同様の音楽活動を展開しようとしていたことが明らかになり、日中2ヶ国語での論文を作成したが、諸事情により公開発表が実現しなかった。再度、発表の機会を得たい。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の推進方策は、全体として、今年度の遅れを取り戻し、最終年度に向けて遂行困難な部分に代替策を講じていく。以下に、1.データ収集、2.考察に分けて記述する。 1.データ収集:『三曲』演奏会データは、総数約1万件の基礎情報の入力が完了しているが、入力項目の一部、すなわち音楽ジャンル・曲数・演奏者数に未入力があるので、データ整備を継続する。『三曲』本文における演奏者による演奏会に関する言説の抽出を継続する。また、『三曲』以外の音楽雑誌の情報を収集すると同時に、箏曲伝承者に面接し、所蔵する演奏会資料の提供を働きかけていく。具体的には、関東在住の山田流・生田流箏曲家数名、および大阪・京都在住の生田流箏曲家数名を予定している。これによって、各伝承系統で所蔵されている戦前の演奏会に関する資料、とくにおさらい会や月次会などの、演奏会情報には表れない小規模な「演奏の場」についての資料を収集し、同時に戦時中の演奏会についても情報を収集する。ただし、これまでの働きかけにおいて、手元に資料が残っていないケースがあったので、面接だけでなく、箏曲家の伝記等の文献調査も加えていく。 2.考察:まず、収集したデータに基づき、演奏会の分類と年代による変化に着目し、演奏会の西洋化について論考をまとめる。次に、太平洋戦争の影響に着目し、戦時中の芸術活動の規制に対する演奏家の対応を、演奏会の変化を通して考察する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
研究費の使用については、3年目となる次年度も今年度と同様に、『三曲』演奏会データ整備および『三曲』以外の資料に基づくデータ入力のための入力補助員の人件費が必要となる。次年度は新たに、新規のデータ収集のための大阪・京都方面の旅費と資料収集の費用、箏曲伝承者に面接を行うための旅費と専門的知識提供に対する謝金が増加する。さらに、今年度までに主要なデータの基礎的な入力が終了したので、次年度はデータを活用した研究発表の回数を増やしていく。そのため、学会発表のための旅費、プレゼンテーション関連の物品、プリンターなどPC関連の物品の購入も予定している。そのほか、戦時中の音楽文化および邦楽演奏家の伝記、音楽学、音楽史等の関連図書を購入予定である。 続く4年目は最終年度となるが、この年度も、演奏会データ整備、伝承者への面接と所蔵する資料の収集、学会発表を行うので、人件費、旅費、物品費が次年度とほぼ同様に必要となる。それに加え、最終年度には研究のまとめとして、データベース公開および英文での論文執筆に関する経費も計上する予定である。
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Research Products
(1 results)