2012 Fiscal Year Research-status Report
妊娠映画――身体、視覚文化、リプロダクティヴ・ライツ
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23720078
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Research Institution | Shizuoka University of Art and Culture |
Principal Investigator |
木下 千花 静岡文化芸術大学, 人文・社会学部, 准教授 (60589612)
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Keywords | リプロダクティヴ・ライツ / ジェンダー / 日本映画 / 身体論 / 視覚文化 / 妊娠 |
Research Abstract |
23年度末に映画学叢書『テクノロジー(仮題)』(塚田幸光・編、ミネルヴァ書房)への寄稿を依頼されたため、医療テクノロジーと映画の関係について、1960年代から1970年代にかけての北米を対象として研究・調査を行い、60枚の論文にまとめて9月に入稿、現在校閲中である。具体的には、『悪魔の赤ちゃん』シリーズ(1974/1978/1986年)や『ザ・ブルード』(1978年)などに見られる女性の生殖機能や胎児の禍々しい表象を、経口避妊薬のFDA認可、サリドマイド薬害、人工妊娠中絶の合法化、「試験管ベイビー」誕生など、この時期急速に進行した産のテクノロジー化に対する不安の分節化として捉えた。内視鏡による胎内映像や超音波エコーなどによって胎児が「可視化」され、その結果として「生命」「人間」としての「胎児」が成立したことを重視し、これを映画の怪物的乳児像に結びつけた。24年度後期には、立教大学現代心理学部の「映像社会論」を「妊娠映画」をテーマに教えたため、毎週の授業準備を通して、1930年代の志賀暁子の堕胎スキャンダルに対する映画産業の応答、河瀬直美『玄牝』(2011年)など現代の出産映画の意義などについて、調査を進めることができた。『玄牝』および池田千尋『人コロシの穴』(2002年)は上映会を開くことでDVDでは手に入らない映画を視聴するとともに、26年度に行う予定のインタヴューに向けて映画作家とのコンタクトを確立した。年度末にはSociety for Cinema and Media Studiesの年次大会に出席し、ダドリー・アンドリュー教授(イェール大学)から『西鶴一代女』論の英語版について貴重な助言を得た。昨年度末に脱稿した戦後初期の映画における中絶の表象についての論文「妻の選択」が『「戦後」日本映画論』(ミツヨ・ワダ・マルシアーノ・編、青弓社)の1章として10月に出版された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、映画を中心とした日本の映像メディアにおける妊娠、中絶、出産の表象を発掘・再検討し、人工妊娠中絶についての法制度、超音波をはじめとした画像テクノロジーの医療への導入、フェミニズム運動とそれに対する反動などの歴史的文脈に位置づけることを目標としている。今年度は、論文「「胎児」の誕生」を執筆することで、産とテクノロジー、視覚文化の関係について最も研究が進んでいる英語圏の先行研究の本格的なまとめを行った。その知見を映画史的背景と結びつけ、テクスト分析を行うことを通して、70年代ホラーの怪物的乳児は、胎児に似ているだけではなく、人間と非人間の境界に宙吊りされている点でまさに法的・政治的な意味での「胎児」のアレゴリーであった、という新しい知見を加えた。本研究の比較研究としての中核を終えた点で、大きな一歩だったと考えている。また、日本における胎内撮影の歴史を調査する中で、内視鏡によって動く胎児を捉えた毛利医博夫妻による『胎児の記録』(1954年)の存在を知ったのは、医学映像が劇映画に与えた影響を考える上での重要な発見だった。 今年度は上記依頼原稿と兼任の授業に時間を取られため、妊娠映画については日本語・英語ともに学会発表と査読論文がない。また、先行研究の調査やテクスト分析に集中したため、予定していたアメリカでのアーカイヴ調査を行うことができなかった。しかし、論文の共著での出版によって成果を公表できたことはインパクトがあった。「妻の選択」を契機に名古屋大学出版会から「妊娠映画」プロジェクトについて問い合わせがあり、現在、本研究の成果を同出版会から単著として出す方向で企画が進んでいる。 立教大学での授業に対する学部生の関心の高さから本研究の社会的意義を再認識し、上映会の告知でもSNSの効果を痛感したため、facebookを取り入れつつ研究ウェブサイトを立ち上げる必要性を痛感した。
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Strategy for Future Research Activity |
25年度10月にオーストラリアのメルボルン大学で行われる学会Women and the Silent Screenの査読を"Something More Than a Seduction Story: Abortion and Entertainment in the 1930s Japanese Film Culture"が通り、また、クィーンズランド大学の言語比較文学学部でも同テーマでより長い講演を行うことが決まった。25年度前半は、これらの発表に向けて、志賀暁子スキャンダルを中心に、堕胎法時代の映画・文学における産・妊娠の表象、その優生学との関わりについて、国会図書館や早稲田大学演劇博物館、首都大学東京図書館での文献調査、フィルムセンターでの志賀暁子の主演映画『霧笛』(1935年)をはじめとした関連作品の特別映写を通して研究を行う。この研究と並行して、時代的にも重複する溝口健二の妊娠映画についての章(単著の一部)を書き上げる。25年度後半は、まず、一昨年度「妻の選択」のための研究で明かになった戦後民主主義的中絶映画(『山の音』など)と、1956年度以降の「太陽族」的な若者風俗としての妊娠中絶の違いから出発する。さらに、性教育映画・科学映画にも目を向けつつ、同時代の北米との比較を行い、足立正生や吉田喜重の作品から撮影所のピンキー・アクションまで広がる1960年代から70年代にかけての妊娠の表象を胎児と女性の関係に焦点を当てて考察し、3月の学会発表に繋げる。26年度には、1970年代後半から現代に至る妊娠と視覚文化の関わりを、漫画やグラビア写真なども視野に入れて研究・インタヴューを進め、ラディカル・フェミニズムの流れを汲む「産む主体」の主張、水子地蔵に端的に顕れた妊娠のオカルト化、少子化の中で強まる本質主義的言説の緊張関係を捉える。26年度末までには単著の初稿を脱稿する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
まず、6月には関西大学における表象文化論学会に参加し、神戸のプラネット映画資料館で「お産映画」の特別映写を行うため、関西に3日間出張する。メルボルン(Women and the Silent Screen)およびブリスベン(クィーンズランド大学)のあるオーストラリア東部へ9月26日から10月3日まで出張するための旅費を計上する。また、10月7-17日の山形国際ドキュメンタリー映画祭にも参加し、ドキュメンタリー映画についての知見を深めるとともに、26年度に行うインタヴューに向けて映画作家や批評家とのネットワーキングを行う。3月には、Society for Cinema and Media Studiesに参加し、1960年代の妊娠映画を同時代の胎児をめぐる視覚文化に結びつける発表のため、シアトルに3-4日出張する。 Women and the Silent Screenで発表する堕胎法時代の映画、大衆文化、優生学的言説の研究のため、フィルムセンターの特別映写を7月から9月にかけて二回ほど行う。さらに、戦前のセクシュアリティについて近年蓄積されている歴史学・民俗学・文化人類学・家族社会学などの研究書、同時代資料で古書として入手可能な書籍は購入する。1960年代についての研究では、かなりの数のDVDを購入する必要が出て来ることが予想される。
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Research Products
(3 results)