2011 Fiscal Year Research-status Report
黒耀石の獲得と消費からみた完新世初期人類社会の形成過程
Project/Area Number |
23720392
|
Research Institution | Tokyo National Museum |
Principal Investigator |
及川 穣 独立行政法人国立文化財機構東京国立博物館, 学芸研究部列品管理課登録室, アソシエイトフェロー (10409435)
|
Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2013-03-31
|
Keywords | 考古学 / 黒耀石 / 黒曜石 / 資源開発行動 / 石材原産地 / 黒耀石地下採掘活動 / 更新世・完新世移行期 / 諏訪湖底曽根遺跡 |
Research Abstract |
本研究の目的は、更新世末から完新世初期における社会の複雑化の過程を考察するために、日本列島中央部地域を対象として、人類の資源開発行動に関するモデルを構築することにある。研究の特色は当時の主要な資源の一つである黒耀石に着目し、原産地の開発の様相と消費地での分布状況とを総合的に理解するための枠組みを構築できる点にある。研究の方法は、A.原産地での開発の状況、B.消費地での利用の状況、C.黒耀石の獲得者の特定という3つのサブテーマの知見を総合することで、原産地開発者の行動領域と運搬ルート、各地域間を結ぶ人的な結合関係のパターンを抽出し、これらを形成した社会的な動機と技術的な系譜について、時系列に沿って歴史的な評価を与える。 今年度は主に、東京国立博物館所蔵の長野県諏訪湖底曽根遺跡採集の資料を中心に基礎研究を実施した。対象資料全点(110点)について、写真撮影と石材判別、器種分類、形態分類、法量計測の基礎データ整理を完了した。主な成果に、特定の石鏃形態と利用石材、黒耀石の産地に結びつきが認められた。 さらに上記資料のうち黒耀石製石器と、黒耀石原石サンプル(諏訪星ケ台群と和田鷹山群の2種)52点について同館保存修復課の蛍光X線分析装置(EDXRF)を稼働して元素組成を測定し、産地推定のためのバックデータを完成させた。 その他に、大分県二日市洞穴、長野県和田峠西原産地周辺遺跡、静岡県柏峠原産地、神奈川県上草柳遺跡の資料調査を実施した。主な成果は、「B.消費地での利用の状況(b)」の知見として、和田峠西原産地産の漆黒黒耀石の運搬ルートと分布範囲を把握した。杉久保型ナイフ形石器、槍先形尖頭器、細石器、出現期石鏃に利用されており、主に下呂石原産地方面と信越地域、関東地域に分布することを捉えた。そして先史時代を通じて、本原産地が諏訪星ケ台原産地等と比べて少数派の原産地であることを把握できた。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
東京国立博物館所蔵の考古資料は、研究史的に重要な資料が多い。しかし、これまで先史時代の列品のうち石器資料については目録等の刊行は無く、その基礎研究と公開は十分でない。そのため、本研究で基礎研究を実施し、その成果を刊行物や展示により公開していくことは重要であると考えられ、独自性がある。 特に、平成23年度は、東京国立博物館特集陳列「石に魅せられた先史時代の人びと」(平成23年8月2日~10月31日)において、館所蔵の長野県諏訪湖底曽根遺跡採集資料を中心に実物を通してその研究成果を公開し、リーフレットの刊行(約9000部配布)やホームページ、また新聞記事(朝日新聞平成23年9月28日夕刊3面)でも紹介され、広く公開できた。多くの国民、市民に研究成果を直接的に公開できたことから適時性があり、今後への注目度も高まったため発展性もあると考えられる。また、作業協力者にデータの整理等を依頼し、効率よく作業を進めることができた。 今年度の主な分析項目である、東京国立博物館所蔵の長野県諏訪湖底曽根遺跡採集資料の基礎研究(サブテーマ「B.消費地での利用の状況(a)」)では、対象資料全点(110点)の基礎データ整理を完了し、蛍光X線分析装置(EDXRF)による黒耀石原石の元素組成の測定を実施(産地推定のためのバックデータを完成)できたことにより、今年度の作業目標を達成できた。 研究の方法で示した3つのサブテーマのうち、「B.消費地での利用の状況(b)」においても黒耀石製石器の運搬ルートと分布範囲をもとにした原産地ごとの分布パターンの類型的理解が果たされ、黒耀石の生業への利用状況の一部を把握できた。 また、段階的に計画した成果の公開についても、展示活動だけでなく研究発表回数1回と論文等本数4本を達成し、十分に目標値を達成できた。
|
Strategy for Future Research Activity |
最終年度である平成24年度には、引き続き、諏訪湖底曽根遺跡採集石器全点(110点)の図化作業と、黒耀石製石器の残りの48点について蛍光X線分析装置(EDXRF)による元素組成の測定を実施することで、基礎研究を完了することができる。基礎研究からは、石器の技術的な分析と製作作業内容の検討から、黒耀石原産地からの石器原料の運搬場所(集合的結節地点)としての特徴と性格を抽出できる見通しである(サブテーマ「B.消費地での利用の状況(a)」の知見)。 上記の成果に加えて、研究の方法で示した3つのサブテーマのうち、「B.消費地での利用の状況(b)」においてはいくつかの周辺遺跡での資料調査を実施することですべての計画を完了することができる。予想される知見としては、鷹山星糞峠原産地(和田エリア)と和田峠西原産地(諏訪エリア)という2つの原産地から獲得される黒耀石の生業への利用状況を把握し、黒耀石製石器の運搬ルートと分布範囲をもとにした原産地ごとの分布パターンの類型化が達成される見通しである。 サブテーマ「A.原産地での開発の状況」においては、長野県下諏訪町所在の和田峠西原産地を踏査し、原石サンプルを採取する。採取した原石の法量計測と原石表面の分類、写真撮影、図化を実施することで自然状態での採取可能な原石形状と産出状況を把握することができ、すべての計画を完了することができる。 そして、サブテーマ「C.黒耀石の獲得者の特定」において上記したサブテーマA.とB(a)(b).の知見を総合することで、原産地開発者集団を抽出し、黒耀石の獲得方法、行動領域と運搬ルート、産地別の行動パターン、各地域間を結ぶ人的な結合関係の変遷過程を検討する。具体的には地形図などを利用して分布図を作成する。 最後に、モデルとして構築する資源開発行動の社会的な動機と技術的な系譜について、時系列に沿って歴史的な評価を与える。
|
Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成24年度から研究代表者の所属機関の変更が生じたため、これに伴った研究計画の変更が生じた。具体的には、研究目的達成のための資料分析をおこなう上で、長距離旅費の発生が見込まれる。また、所属機関変更に伴って、これまで利用していた記録用のデジタルカメラ等(前所属機関では機関所有の備品を借用していた)の各種機器類が使用できない状況にあることから、新たな物品の購入費の発生も見込まれる。
|