2011 Fiscal Year Research-status Report
フランス社会における「用益権」の存在態様――比較財産管理論の構築へ向けて
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23730002
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
齋藤 哲志 北海道大学, 法学(政治学)研究科(研究院), 准教授 (50401013)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | フランス法 / 用益権 / 財産管理 / 家族財産法 / 物権法 |
Research Abstract |
平成23年度前半は、フランスでの在外研究期間に重なる。本研究の《目標I:用益権に対する態度の史的変遷の解明》については、古典的研究を導きの糸としながら、用益権が所有権との対抗関係の中でローマ法から再発見された、という既得の知見を深化させた。所有権を「使用・収益・処分」の3層に分解する支分(demembrement)の概念、中でもポティエによる理論化が、後代の学説・実務にとって決定的な役割を果たす。近世フランスの重層的な土地保有関係の分析・解体に端を発するこの概念が、各種の多数当事者による財産保有形態にも投錨されたことが明らかにされた。 他方、《目標II:用益権の利用実態の実証分析》に関しては、複数のフランス人研究者との意見交換を積極的に実践した。その中から、用益権の利用には主として二つの形態がある、との視点が明確化された。一方に、特定の推定相続人の「保護」(例、前婚の配偶者との間の子に対する現配偶者の保護)があり、他方に、生前贈与者に留保された財産の「管理」(例、用益権を留保しての相続財産の先渡し)がある。調査の過程で知遇を得たフレデリック・ビシュロン教授(ナント大学)の招きにより、ナント大学法学部で日仏比較家族財産法に関する講演の機会を得た。 帰国後の年度後半には、多数の概説書・研究書を参照し、年度前半に十分に展開し得なかった物権法の観点からの用益権の検討を行った。とりわけ、相続開始後に生ずる用益権者と虚有権者(nu-proprietaire)(後者は多くの場合複数で、不分割(indivision)状態にある)との紛争について考察を行い、用益権の物権としての特殊性を析出した。終了後の返還債務の分析が鍵を握る。なお、用益権を用いた財産移転の場面を予め規定する要素となる親子関係について、フランスで2009年に行われた改正を紹介する論考を公表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
《目標I:用益権に対する態度の史的変遷の解明》に関しては、古法時代の学説の分析を着実に進めることができた。もっとも、19世紀において公証人の実務が用益権を再発見し巧妙に利用した、という仮説の検証は途上にある。フランス滞在中に、ジェラール・ベオール教授(社会科学高等研究院)のセミナーに出席し示唆を得たものの、証書等の一次史料の収集・解析や、古法時代との連続性の観点から必要とされる各慣習法規定の検証は、量的側面において必ずしも十分ではない。手元の資料での研究遂行には限界があるため、早期の再渡仏が要請される。 《目標II:用益権の利用実態の実証分析》に関しては、当初の想定よりも進展が見られる。中でも、近年の博士論文(F. Julienne, L’usufruit a l’epreuve des reglements pecuniaires familiaux, 2009)が展開する家族内の人的関係に焦点を当てた分析から多くの示唆を得た。同書は、用益権者と虚有権者との権限関係に即して、用益権の物権たる性質に疑義を呈し、一種の債権として用益権を構想する。「保護」の手法としての用益権と「管理」の手法としての用益権という、フランスでの調査から得られた類別対比の視点との接合を模索している。 また、「研究実績の概要」に記したナント大学での講演の準備の過程で、平成24年度以降の課題であった《目標III:比較財産管理論の構築》に関して、早期に見通しを得る機会を得た。これは予定外の収穫であった。相続を見越した信託の活用が提唱される日本法の状況について、信託を家族財産の管理には使い難いものとして創設したフランス法との比較の見地から主題化することができた。 総じて言えば、《目標II》《目標III》に関する先行が、《目標I》に関する相対的な遅れを補う状況にあり、「おおむね順調」との自己評価が妥当である。
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Strategy for Future Research Activity |
上記の《目標I:用益権に対する態度の史的変遷の解明》に関する欠缺を補うべく、19世紀の実務を解明し得る資料・文献を国内外で積極的に収集し、集中的に検討を施す。その成果を、平成25年2月に予定されている日仏法学会での報告、および日仏法学誌上への論文掲載に結実させる。 また、現代における実務家による教科書・指南書に対する分析を遂行し、《目標II:用益権の利用実態の実証分析》を豊富化する。これにより、《目標I》に関する成果と、先行して成果を確保している《目標II:用益権の利用実態の実証分析》とを、通時的に綜合・再構成することを試みる。研究の順調な進展に鑑み、次年度に予定されていたフランスでの第二次調査を前倒しし、実務家に対するインタヴューにより成果の検証に代えるとともに、《目標I》に関連する資料収集の機会として遅れを取り戻すこととする。本研究の助言者的役割を担うフランス人研究者にも積極的に意見を求める。 《目標III:比較財産管理論の構築》については、当初の予定通り、フランス法内部における用益権スキームと信託スキームとの比較、さらに、フランス法とイギリス法・ドイツ法等との異法間比較を開始する。前倒しされる第二次調査の日程が許すのであれば、パリ第11大学での日仏相続法比較に関する講演を行い、成果の発信に代える。これは、平成23年度の在仏期間中に継続的に意見交換の機会を持ったソフィー・ゴドメ教授(パリ第11大学)を通じて既に依頼を受けたものである。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
1)平成23年度前半のフランス滞在中、ナント大学での調査のためにフランスでの国内出張を企画していたが、招聘講演を依頼されたため、先方の費用支出とされたこと。2)年度後半に発注していた外国文献の納入が平成24年4月となったこと。3)年度末に企画していた国内出張を、所属機関での用務によりキャンセルせざるを得なくなったこと。以上の理由により、平成23年度の予算に残額が生じた。これについては、1)平成24年度に前倒しされたフランスでの調査の際、文献資料の収集に使用する。2)互いに連関するとはいえ、複数の考察を同時並行して行うことから、資料の整理の煩雑さが予想されるため、研究の遅れを防ぐべく、アルバイトを雇用することとし、その謝金として使用する。3)同じく研究を円滑に遂行する観点から、資料の一覧性を高める必要が生じているため、データベースソフトの購入費用として使用する。4)実務に寄り添う本研究にとって、裁判例は重要な検討対象となるが、その検索および評釈・解説の参照を容易化することが必要であるため、フランスの諸出版社が提供するウェブ上のデータベースへのアクセスキーの購入費用として使用する。
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