2011 Fiscal Year Research-status Report
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23730060
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
成瀬 剛 東京大学, 法学(政治学)研究科(研究院), 准教授 (90466730)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 科学的証拠 / 証拠の許容性 / 裁判員制度 / 証拠の関連性 / DNA型鑑定 / 刑事証拠法 |
Research Abstract |
今年度前半は,まず日本の判例が科学的証拠に対して採用してきた2つの異なる許容性基準(具体的には,証拠の基礎にある原理・方法の信頼性を積極的に問わず当該検査の具体的実施過程における適切さのみを問題とする基準と,具体的実施過程の適切さ以前に基礎にある原理・方法の信頼性を問う基準)について検討を加え,事実認定者が通常有しない専門的知見を用いているという点で共通する証拠群に対し,2つの基準を使い分ける合理性は乏しいことを明らかにした。 また,日本の関連性概念の意義・機能についても考察し,平野龍一博士の構想した包括的な関連性概念の功罪を顕在化させた上で,科学的証拠と悪性格・類似事実による立証がいずれも同概念の下で論じられるにもかかわらず,その許容性基準を異にしていること及びその理由を明らかにした。 他方,今年度後半は,まずアメリカにおける科学的証拠の許容性基準がDaubert判決によって変容し,それがKumho判決によって専門証拠一般に拡大されていく過程を分析した上で,現地の研究者・法律実務家との意見交換により,この基準が現実の裁判においていかなる機能を果たしているかについて考察した。 また,アメリカ連邦証拠規則における関連性概念についても検討を加え,同概念が証明力と弊害とのバランシングテストを意味しており,そこで要求される証明力はかなり小さなものでもよいとされる一方,弊害として主に考慮される偏見と誤導には異なる意味が付与されていることを明らかにした。 以上の通り,今年度の研究成果は,日本における科学的証拠の許容性基準の問題点を判例分析および関連性概念の検討により析出した上で,比較法研究の出発点としてアメリカにおける科学的証拠規律の内容及び関連性概念の機能を明らかにしたことにあり,この成果は,次年度以降の本格的な比較法研究における検討指針を提供するものとして,重要な意義を有する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の目的は,以下の3つに分けられる。第1に,関連性概念の意義・機能の再定位とそれに基づく科学的証拠と他の証拠群(悪性格立証や類似事実による立証など)との許容性判断基準の異同の明確化,第2に,科学的証拠に対して特別な証拠能力規律を及ぼすべき根拠及びその根拠の妥当する証拠の範囲(特別な規律の射程)の提示,第3に,科学的証拠一般に妥当する許容性基準の導出である。今年度の研究成果は,これら3つの目的に対して,以下のような意味を持つ。 まず,第1の目的との関係では,日本における関連性概念を構築した平野説の功罪を顕在化させた上で,科学的証拠の許容性基準が一定の要件の充足を一律に要求するものであるのに対し,悪性格・類似事実による立証の許容性基準は証明力と弊害との比較衡量を個別的に行うものであるという差異を明確化した。また,アメリカ連邦証拠規則における関連性概念の内実を明らかにしたことは,日本の関連性概念を再定位する際に有益な示唆を与えるであろう。 次に,第2の目的との関係では,Daubert基準の当否を巡る議論の検討を通じて,科学的証拠に対して特別な証拠能力規律を及ぼすべき根拠に関するアメリカ法の立場を把握するとともに,Kumho判決によるDaubert基準の射程拡大の根拠を分析することにより,特別な規律の射程を考える際の視点を獲得した。 最後に,第3の目的との関係では,日本の判例が2つの異なる許容性基準を採用してきたことの合理性を否定し,科学的証拠一般に妥当する許容性基準を導出するという本研究の立場の正当性を示すとともに,アメリカ法の検討により,かかる一般的な許容性基準としてDaubert基準が有力な候補となりうることを明らかにした。 以上の通り,今年度の研究成果は,3つの研究目的全てに対してそれぞれ重要な貢献をするものであるので,上記の自己評価をした。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度実施した日本法の問題点の析出及びアメリカ法の検討成果を踏まえ,平成24年度前半は,アメリカ法に対して対照的な態度をとるイギリス法およびオーストラリア法の立場を検討し,その差異の理論的・制度的根拠を探る。まず,イギリスについては,Daubert基準を基本的に承認し,それをさらに発展させた立法提案をしている法律委員会の報告書を中心に考察する。他方,オーストラリアでは,証拠法の統一運動において中心的役割を果たしているオーストラリア法改正委員会が専門証拠規律についてDaubert基準を拒否する旨主張しているので,その報告書を中心に検討する。 平成24年度後半は,オーストラリア法と類似の立場をとるカナダ法を考察するとともに,ドイツ法の分析によって英米法圏の議論を相対化させ,より深く理解することを目指す。まず,カナダについては,専門証拠規律に関する最高裁のリーディングケースであるMohan判決の検討を中心とする。他方,ドイツでは,科学的証拠に対する許容性段階での規律は乏しいものの,証明力段階での規律に英米法諸国と類似する議論を見出せるので,その議論を同国で最も定評のあるEisenbergの証拠法注釈書などを用いて分析する。 平成25年度前半は,平成24年度に積み残した課題があれば,それを補足的に検討した上で,科学的証拠に関する議論の相互参照が著しい英米法諸国(4カ国)の影響関係をまとめ,その成果を日本における議論状況に接合させて,さらに考察を深める。 平成25年度後半は,以上の全考察を踏まえて,まず,日本における「関連性」概念の意義・機能を再定位し,科学的証拠に対する規律と従来「関連性」概念の下で論じられてきた他の証拠群に対する規律の異同を明確化する。その上で,科学的証拠に対して特別な規律を定立する根拠及びその射程を明らかにし,科学的証拠一般に妥当する許容性基準の導出を行う。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
まず,次年度に使用する予定の研究費が約11万円存在する。これは,(1)今年度のアメリカ出張旅費が予算よりも少し安く済んだこと(約3万5千円),(2)アメリカ留学中の友人裁判官が,現地の研究者及び法律実務家との仲介・通訳に対する謝金を辞退したこと(2万円),(3)本研究に関係する日本およびアメリカの図書が次年度以降に公刊される予定であることを踏まえ,あえて物品費の予算執行を抑えたこと(約5万5千円),によるものである。 その結果,次年度は新たに請求する分と合わせて,約71万円の研究費を使用できることとなる。その具体的な使用計画は,以下のとおりである。 まず,上記の通り,次年度はイギリス・オーストラリア・カナダ・ドイツという4カ国の科学的証拠に対する規律を検討するので,各国の証拠法関連図書を15万円ずつ購入する予定である(15万円×4カ国=60万円)。比較対象国が4カ国もあり,検討に必要となる図書の数も必然的に多くなるので,(1)出張旅費及び(2)謝金の関係で今年度使用しなかった予算は,この図書購入費に充てることとしたい。 また,各国の科学的証拠規律を検討するに際しては,当然のことながら,図書のみならず,各国の判例・裁判例及び論文も大量に分析・検討する必要があるので,そのデータベース資料の印刷代及び図書室における文献複写代として,約5万5千円使用する予定である。 さらに,本研究に関係する日本およびアメリカの最新図書が公刊された段階で,(3)今年度残しておいた予算(約5万5千円)を使用し,それを購入する予定である。
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Research Products
(1 results)