2013 Fiscal Year Research-status Report
保険市場における情報の非対称性に起因する厚生損失の計測
Project/Area Number |
23730261
|
Research Institution | Meiji Gakuin University |
Principal Investigator |
斉藤 都美 明治学院大学, 経済学部, 准教授 (00376964)
|
Keywords | 情報の非対称性 / 自動車保険 / 社会厚生 |
Research Abstract |
情報の非対称性に起因する厚生損失を、自動車保険と年金の2つを分析対象に研究を続けてきた。具体的には自動車保険の個票データを利用してリスク回避度とリスクの異質性を同時に考慮したモデルを推定し、その結果に基づき逆選択やモラルハザードがどの程度社会厚生を低下させているか、定量的に評価してきた。 研究の意義は大別して2つある。一つ目は学問的な意義である。情報の非対称性の議論は理論が先行し実証が遅れてきたが、本研究課題は、これまで蓄積されてきた理論文献の現実妥当性を確認するとともに、理論文献で前提となる仮定の妥当性について示唆を与えるという点で貢献がある。 二つ目の意義は政策的なものである。情報の非対称性に起因する非効率性には、情報がわからないことに起因する逆選択と、行動がわからないことに起因するモラルハザードがある。いずれも経済主体間の情報格差にその原因が求められるが、両者は政策的対応が異なる。逆選択がある場合は、年金にみられるように強制加入により社会厚生を増加させられるが、モラルハザードの場合は、保険会社が利用できる手段(たとえば加入者の属性に依存した統計的差別など)以上に、社会厚生を増加させられる政策手段があるわけではない。このように逆選択・モラルハザードを分析することで、望ましい政策的対応方法のあり方について示唆を与えられる。 これまでの研究結果では、自動車保険では逆選択とモラルハザードいずれについても否定的な結果を得ている。したがって保険を強制加入にすることの経済学的裏付けはないことになる。ただしより広い観点から考えたとき、本当に強制保険が不要かどうかについては引き続き検討中である。また年金市場については現在分析を継続中である。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
現在までの達成度はやや遅れている。この主な理由は以下の2点である。 一つ目の理由は、本研究課題と同時並行で進めていた研究課題で興味深い結果が出たため、その研究課題の遂行に多くの時間を費やしたからである。具体的には自動車保険のデータを使って同時並行的に交通事故の分析を行っていたが、そこで規制と交通事故の関係について興味深い結果が得られた。この結果は政策的な意義も大きいと判断したため、この分析を遂行し、論文にまとめ、学会で報告した。その結果、当初予定していた厚生損失の推計に費やす時間が減少し、研究課題としては進行が遅れる結果となった。しかし以下で述べるように、この遅れについては今後の研究として期間終了後も研究を続ける予定である。 研究がやや遅れているもう一つの理由として、本研究課題の遂行途中で、関連した新たな研究テーマが生まれ、その分析に時間を費やしたことが挙げられる。具体的には以下のとおりである。本研究課題ではリスク回避度を推定するが、そこで求められたリスク回避度と、既存研究である米国の研究結果を合わせると、リスク回避度の国際比較を行うことができる。この国際比較は既存の多くの研究成果に大きな示唆を与えると考えた。つまり例えば、日本人は資産運用に当たり貯蓄や生命保険のような安全資産を多く保有する一方、米国人は株や投資信託などで運用する割合が相対的に高いことが知られている。この事実に対しては十分に説得力のある説明が存在しないが、同様のデータを用いてリスク回避度を求めることで、リスク回避度の違いで説明できる可能性がある。これはファイナンスの分野でも重要な貢献になると考え、今年度は既存研究を調べたりしたために、当初予定していた研究課題に費やす時間が減少した。
|
Strategy for Future Research Activity |
既に述べたように、同時並行で進めた研究課題と、付随的に発生した新たな研究課題に関連する既存研究の調査に多くの時間を割いた結果、本研究課題の進行状況が当初の予定よりも遅れる結果となった。だが当初予定していたテーマは研究期間終了後も引き続き進める予定である。具体的な推進方策は以下のとおりである。 まず自動車保険についてはモデルの推定まで行っているため、それを用いて次の2点を行う。第一に、すでに述べた付随的に発生した新たな研究テーマである、リスク回避度の国際比較を行う。米国の既存研究の分析結果と本研究テーマの分析結果を比較し、日米間の資産運用の違いなどに対してリスク回避度の観点から説明を与える。第二に、推定されたモデルから逆選択・モラルハザードによる厚生損失を求め、それを改善するための政策を検討する。これは当初の研究テーマである。いずれもデータと手法については確定しているが、迅速に研究を進める予定である。 年金についてはまだ分析が十分に進められていないが、『国民生活基礎調査』のデータを中心に利用し、加入者と非加入者の平均余命の違いから厚生損失を求め、年金未加入問題による厚生損失を推計するところまで分析を進める予定である。
|
Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
次年度使用額が生じた主な理由は、既述した理由から、当初予定した研究課題の遂行が遅れたため、事前に必要としていた英文校正や論文発表のための渡航費に使用する予算を使用しなかったためである。また、報告を予定していた国際学会への出席が、本務校での教育・学務のため出席できなかったことも理由の一つとして挙げられる。 研究課題を2015年度も継続し、進行状況に合わせて英文校正や発表の際の渡航費を中心に、当初予定していた形で予算を使用する予定である。
|
Research Products
(5 results)