2012 Fiscal Year Research-status Report
利用者の・支援者による・当事者のための「福祉ライフログシステム」の実証研究
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23730542
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Research Institution | Otsuma Women's University |
Principal Investigator |
柴田 邦臣 大妻女子大学, 社会情報学部, 准教授 (00383521)
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Keywords | 福祉 / 福祉情報システム / 障害者 / 高齢者 / ライフログ / 介護福祉 |
Research Abstract |
日本の福祉現場は、「書類にはじまり書類に終わる」とまで言われ、その硬直化が問題とされてきた。本研究は、介護・療養記録、そしてそれらが無い高齢者や障害児といった当事者に対しては、介護のさいの会話などといった、“支援者のための記録”を、高齢者や障害者が自らの生活向上と、主体性の源泉としうるような「ライフログ」へと転換していく情報システムの構想と試験的実証を目標としている。 本年度は、実際に「ライフログ」のシステムを試作し、その運用試験に取り掛かるという実績を得た。前年度までの福祉構造の把握を経て、具体的なフィールドへの定着を志しているところである。 日本の福祉社会の現代性、社会構造そのものは、2011年3月11日に大きく変容した。本研究では、東日本大震災の特徴である被災地の高齢化・過疎化を、社会問題として正面からとらえ、仙台市・山元町・東松島市など宮城県の被災地での状況把握に努め「福祉情報システム」構想に結び付けてきた。本年度は昨年のその成果を生かしつつ、実際のシステム開発に力を入れ、具体化を試みた。柴田(2012)、吉原(2012)らは、昨年度から引き続く、被災地での高齢・障害者の現状や、地域福祉構造分析の成果である。それらを活かしたシステム開発は、2つの面で実施された。まず、前年度からの被災高齢者にターゲットを絞ったシステム構想を進め、その実績は服部ほか(2012)、Shibata(2012)などにおいて、一定の結実をみることとなった。それらを活かし、本年度は「福祉向けライフログシステム」の具体的な開発をおこない、試作アプリの社会的な実証に入っている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
3年にわたる本研究のうち、次年度は、初年度の日本社会の介護福祉状況の把握、特に東日本大震災という予想外の事態をとおしての地域福祉構造の把握と、その場におけるライフログ・システムの検討をうけて、実際にシステム開発を構想することにあった。現段階でプロトタイプの開発にこぎ着けており、フィールドの震災という事態を受けながらも、着実に成果をえることができていると考える。 具体的なプロトタイプ開発は、これまでの分類である1)「生活情報の収集・入力」と2)「その情報の出力と活用」だけでなく、3)「収集データの格納と整理」という課題にも直面する。1)については、被災地での経験から「写真とタグの結びつけ」が重要であると結論付け、3)とあわせてその具体化を試みた。ひとつは被災者の「思い出」となるようなアーカイブの構想化として結実したが、現在はそれを被災地だけではなく、より多くの福祉場面に応用可能であるように設計・試作するところまで至っている(Shibata 2013など)。 本年度により達成できた成果として、さらに2)「出力と活用」の面があげられる。生活情報の多くは音声に依存しているが、それらを扱えるようにした先行例はClosed-Captionであった。本年度はその詳細な分析を試み、その結果としていくつもの成果を得ることができた。文字情報化した場合の出力の成果によって、より社会的ー文化的なUniversal Designを生み出す事ができることがわかった。その成果はShibata.etc(2012)などで報告しているが、システム開発だけでなくその社会的実践を企図する本研究の、重要な達成点であるといえよう。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は、フィールドの被災という事態をうけることで、福祉生活における「思い出」や記憶といった生活情報を柔軟に捉え、その点で情報システムが現実社会にどのように役立つのか、具体的な意義を見出すことができた。 それは、「お年寄りにも障害のある人にもやさしい技術」が、これまで考えられていたような使いやすさだけではなく、「気持ち」や「自分を肯定するモチベーション」のようなものを支えるものであるという、新しい「生活におけるテクノロジーの意義」を浮上させるという視角である。 本研究は以上の観点に立って、最終年度に向けて2つの観点から研究を推進する。まず、被災地で学んだノウハウをより幅広く活かすために、日本の高齢社会・福祉社会に貢献しうるシステムをつくり出す作業である。そのために重要なのが思い出や記憶を象徴する写真・音声データ・動画を自ら記録し、整理するデータベースの作成である。現行のプロトタイプのデータベース部分として動かし、フィールドでの実践を図る。 もうひとつはライフログにとってもっともリッチな情報をもつコミュニケーション・音声の活用である。現在のプロトタイプは音声認識が主であり、実際に障害児教育という観点から試用・分析してみると、このシステムが、言語取得からコミュニケーションへの、状況を把握し、知識在庫を活用して関係を取り結ぶという点で可能性に富んでることがわかる。本研究は社会的観点を重視しているものであり、「技術を社会に位置づける」視角から、具体的な社会貢献にまで踏み込みたい。 本研究は、単に優れたシステムの開発を目的とするだけではなく、「このような可能性がある」という福祉情報システムの社会的な可能性に挑戦し、提言するものでもある。その目的を忘れず、成果をまとめ将来につなぐ最終年をめざす。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
今後の研究推進として、最終年度の研究費は、主として3つのポイントに絞って使用する計画とする。まずひとつめは、プロトタイプをさらに洗練させて、より精緻な福祉空間において、「利用者の」ライフログシステムを構築することである。福祉サービスの利用者が置かれる“状況”をリアルタイムで把握し、利用者に使い勝手の良いシステムにするために、音声認識や写真撮影を柔軟に使いこなすシステムをめざし、そのための開発人件費に使用する。 第2に、「支援者による」システムとして、支援者が実際に福祉場面に持ち込み活用するために、運用デバイスをタブレットに絞り込む。生活場面に持ち込むことができ、音声認識も文字取得・写真取得のためのカメラも備えているタブレットは、生活状況をデータ化する事で役立てようとする「福祉情報システム」のためのメディアとなりえる。またタブレットは被災地でも活躍した前例があり、本研究と相性がとても良い。さまざまなタブレットを予算で用意してテストを行い、具体的な支援場面や教育場面で有用であることを実証したい。そのために必要な旅費などにも使用する。 最後に、本システムがめざすのは「当事者のための」メディアとして、ライフログシステムが運用されるべきという理念を、システムそのものに埋め込むという作業である。それらはもちろん、「福祉情報システム」のアルゴリズムに反映されるが、それだけでは不十分であろう。本システムが目指すもの、そして実現しうることを、国内学会、そして国外学会でも積極的に発信していきたい。具体的には、運用実績を学術論文として投稿したり、国際学会で報告したりする予定である。また理念そのものは、著作を上梓するなどして発信していきたい。
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