2011 Fiscal Year Research-status Report
正則化法による逆問題の高精度近似理論と次世代計算環境による数値的実現
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23740075
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
藤原 宏志 京都大学, 情報学研究科, 助教 (00362583)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 多倍長計算 / 正則化法 / 数値的不安定性 / 非適切問題 / 高精度シミュレーション |
Research Abstract |
本研究は、非適切問題の離散化で現れる数値的に不安定な問題に対し、多倍長数値計算を適用することにより高精度数値計算を目指すものである。特に、正則化法に代表される安定化手法の近似誤差、離散化の誤差、および丸め誤差のそれぞれの影響に適切に対処することによる高精度数値計算手法の確立を目指すものである。初年度は、非適切問題の数値計算における数値的不安定性を定量的に調べるための指標を提案した。この指標は、数値的に不安定であるほど丸め誤差の増大が大きくなることに着目し、多倍長計算において計算精度が可変であるという特徴をもちいて事後誤差解析として算出するものである。この指標が実際に利用される数値計算アルゴリズムに適用可能であることを示すために、複素逆 Laplace 変換の数値計算手法のうち細野の方法と Sheen の方法に適用し、それぞれの数値計算における不安定性を調べた。その結果、いずれも数学的には Bromwich の方法に対する数値計算アルゴリズムでありながら、Sheen の方法においては逆変換像を求める計算点の値が増大するごとに不安定性が増大することが示されたのに対し、細野の方法においては、不安定性は計算点の値に依存せず、ほぼ一定であることが示された。これは細野の方法で採用されている安定化手法である核近似の特徴であると考えられ、引き続き、この核近似の意味について調べることが重要であると考えられる。また、眞鍋秀悟氏(申請者が研究指導を務る修士大学院生)との共同研究により、近年並列計算の分野で利用される画面描画用途のプロセサ GPU をもちい、その並列演算性能の高さに着目した多倍長精度のベクトル演算ライブラリの構築をおこなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の目的は、多倍長計算環境を利用し、非適切問題の高精度数値計算手法を確立するものである。そのために理論的な側面および多倍長計算環境の構築という計算科学の側面を合わせた研究である。初年度は、当初の計画に従って理論的な側面の研究として、典型的な非適切問題である複素逆 Laplace 変換に対し、安定化手法を適用する高精度数値計算を実現した。また、この複素逆 Laplace 変換を例として、数値的不安定性を定量的に評価するための指標を提案し、具体的に2つの複素 Laplace逆変換手法の特性を明らかにしたが、その原因の究明には至らなかったため、引き続き検討が必要であると考えられる。一方、これと合わせて、研究2年目に予定していた多倍長計算の高速化についても研究を開始し、大学院生との共同研究により GPU を利用した並列多倍長計算環境の構築をおこなった。この多倍長計算環境は固定小数点演算に限られているものの、科学技術計算に頻繁に現れるベクトル演算の高速化を実現するものである。得られた環境を複素逆 Laplace 変換に適用した結果、簡単な例においても既存の多倍長計算環境の10倍程度の高速化が達成され、当初の予定を上回る進展があった。以上を合わせて、全体としておおむね順調に進展していると判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
研究2年目にあたる24年度は、多倍長計算環境の高速化を目的として、最新のプロセサを活用した高速多倍長計算環境の構築をおこなう。23年度において、申請者を指導教員とする大学院生との共同研究により、画面描画用途のプロセサ GPU をもちいた高速多倍長計算環境を構築した。これは固定小数点演算のベクトル計算に特化したものであり、上述の複素逆Laplace変換においては既存の多倍長計算環境の10倍程度の高速化を達成した一方で、一般的な科学技術計算で必要となる浮動小数点演算へは対応しなかった。これは既存のGPUが分岐命令に不向きである特性 (divergence branch) を考慮してのことである。24年度には GPU に限定することなく、最新プロセサを利用した多倍長計算の高速化に取り組む。特に Intel 社が近年発表した SIMD演算命令セット AVX は、命令レベル並列での高速多倍長計算環境の実装に向くと考えており、その利用を試みる。ただし、これが多倍長計算に不向きな場合には、MPI などのプロセスレベルでの並列計算をもちいた高速化を試みる。また、理論的な側面においては、初年度に提案した数値的安定性の指標の特徴の検討も続ける。一般的に函数方程式で記述される非適切問題の離散問題の数値的不安定性は、誤差の高周波成分が急激に増大することに起因すると考えられている。一方、本年度に提案した指標は桁落ち現象に起因する誤差の増大を捉えていることも特徴であり、これら両者の関係を明らかにすることは、非適切問題の数値計算を阻害する原因について新たな知見を与え、高精度数値計算に向けて重要なステップであると考えられる。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
23年度中に新たな計算機を購入するための予算を計上していたが、既存の計算環境のみでの複素逆Laplace変換の研究が進展したため、新規の計算機の購入を見送った。これに対して、研究の2年度は多倍長計算環境の高速化が主たる研究の対象となるため、新たな計算機の購入を予定している。特に24年度初めに Intel 社から新たなプロセサ Ivy Bridge (The Third Generation Intel Core Processor) が発表されている。このプロセサでは SIMD 演算のための新しい命令セットが提供されており、加えて GPU が統合されていることから、科学技術計算を目的とする本研究の多倍長計算環境の高速化を試みるのに最適なプロセサであると判断し、その購入を計画している。また、6月には台湾で応用数学の東アジアでの国際研究集会 EASIM が開催され、11月には台湾大学において逆問題に関するワークショップが開催される予定であり、これらに参加して研究発表および討論をおこなうための海外出張を予定している。また、従来より共同研究を進めている斎藤三郎教授(アヴェイロ大)との打ち合わせのため一週間程度の海外出張も予定している。
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Research Products
(12 results)