2011 Fiscal Year Research-status Report
水和電子クラスターの分子取り込み過程における電子移動・構造変化ダイナミクス
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23750005
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
中西 隆造 東京大学, 総合文化研究科, 助教 (70447324)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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Keywords | 水和電子 / クラスター負イオン / 光電子分光 / 水素結合ネットワーク / 電子移動反応 |
Research Abstract |
本研究は分子と水和電子クラスターからなる負イオン錯体について、光電子分光・光解離分光といったレーザー分光法と量子化学計算によってその電子・幾何構造に関する詳細な情報を得ることで、水和電子クラスターの電子移動反応や水素結合ネットワークの構造変化のダイナミクスを分子レベルで解明することを目的としている。本年度は水と他のプロトン性分子(メタノール、フェノール)から成るヘテロな溶媒和電子クラスターについて光電子スペクトルを測定し、その電子状態・構造を調べた。水和電子クラスターと試料分子との付加反応による混合クラスター生成では、いずれも電子-水素結合を保持したまま水素結合ネットワークの組み換えを起こすことが分かった。中性の水-メタノール混合クラスタ-への電子付着では、水和電子クラスターの魔法数(n = 6,7,11)を反映したサイズ分布を持つ負イオンが特異的に生成し、メタノールは負イオン生成に対して水と互換的に働くことが分かった。一方、水-フェノール系では、水和電子クラスターではほとんど生成しない総分子数が3-4のクラスター負イオンが顕著に生成し、水和電子クラスターとは異なるサイズ特異性を示した。量子化学計算と光電子スペクトルから[phenol-(H2O)2]-の構造は直鎖型の水3量体負イオンの末端の水分子がフェノールに置き換わったものであると推定した。負イオン生成の前駆体である中性クラスターは環状構造をとっており、その水素結合ネットワークのうち最も弱い結合である、フェノールの酸素原子と水との間の水素結合が切れることで[phenol-(H2O)2]-が生成したと考えられる。このことは、異分子混入による水素結合強度の微細な変化が負イオン生成に大きく影響することを示している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本年度の計画は、水と他分子からなる負イオン錯体の生成手法の確立、負イオン錯体の光電子分光による電子構造の決定、赤外分光による幾何構造の決定、量子化学計算の遂行であった。生成手法については、反応イオンである水和電子クラスターの生成条件を系統的に調べることにより、アルゴン原子が複数(N<12)溶媒和した水クラスター負イオンを効率良く生成することに成功した。この結果、反応生成物である負イオン錯体、およびアルゴン原子が1-2個付加した負イオン錯体の分光も可能となった。さらにパルスエントレインメント用のイオン源開発を行い、予備的な実験から効率的な分子取り込み、アルゴン原子付加が確認できた。量子化学計算については専用計算機を新たに導入し、24CPUが常時使用可能な環境を構築した。東日本大震災の影響で光電子分光装置部の真空ポンプが故障し、装置の復旧に3ヶ月ほどかかったため研究全体の進捗に遅れが生じ、赤外光解離分光の実施までには至らず達成度としてはやや遅れていると判断した。しかし、負イオン錯体生成環境の構築はほぼ確立しており、赤外分光装置にこれを導入することで測定が可能になると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの進展をもとに、具体的に以下の研究項目を設定している。生成イオンのさらなる高強度化を目指し、パルスバルブ形状を改良して超音速ジェットの高密度化を試みる。これまでの研究によって、多くの試料分子について、水和電子クラスターとの負イオン錯体およびそのアルゴン付加したクラスター負イオンを効率良く生成することできるようになってきたが、固体サンプルや無極性分子など、いくつかの分子では負イオン錯体の生成量が十分でない系が存在する。上記方法によって反応イオンの生成量をさらに増加させ、より汎用性の高いイオン源の構築を目指す。低ノイズ磁気ボトル型光電子分光装置を開発する。水和電子クラスターとの電子移動反応で生成する水和された原子価負イオンの余剰電子束縛エネルギーは系によっては深紫外光領域に達することもあり、光電子分光測定には高エネルギーの励起光での実験が必要になる。この際、背景ノイズの増加が問題となるため、当初予定していたイメッジング分光装置だけではなく、ノイズ対策が立てやすい磁気ボトル型装置(現有)を改良して使用する。試作品による予備実験により改良点は洗い出されており、次年度に設計・制作を行う。赤外光解離分光による負イオン錯体の詳細な構造決定、フェムト秒時間分解光電子分光によるクラスター内電子移動反応の追跡を行う。いずれも外部施設の装置を使用予定であるため、共同研究を行う。赤外分光の実施は本年度内の研究計画であったが、東日本大震災の影響でずれ込んだため次年度での実施を予定している。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
次年度への繰越金については、負イオン錯体の構造決定のための赤外分光に関する共同研究、光電子分光装置の改良の費用に充てる予定である。装置改良の内容は具体的には、磁気ボトル型光電子分光の心臓部である光電子脱離領域にレーザー光用バッフルとイオン減速装置を新たに設計・制作して導入し、深紫外―真空紫外領域の励起光での光電子分光測定環境を構築することである。また、これらの励起光発生、レーザライン調整に用いる光学品の購入、YAGレーザーのフラッシュランプの交換を予定している。共同研究については広島大学あるいはYale大学での実施を計画しており、その際の旅費使用を予定している。他の消耗品として、パルスバルブ加工費、真空部品類、ポンプ油、試料薬品の購入費を計上する。クラスター内電子移動反応を追跡するためのフェムト秒時間分解光電子分光は外部施設(UC Berkeley あるいはColorado大)の装置を使用予定であるため、研究打ち合わせ、共同研究の際の渡航のための旅費使用、さらにその他の費用として、成果発表のための学会参加、論文掲載料への使用を予定している。
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