2011 Fiscal Year Research-status Report
標高傾度に沿って分布するシロイヌナズナ属野生種の温暖化適応形質の進化
Project/Area Number |
23770016
|
Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
平尾 章 筑波大学, 生命環境系, 研究員 (20447048)
|
Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
|
Keywords | 適応遺伝子 / 適応形質 / 標高傾度 / 次世代シーケンス |
Research Abstract |
地球温暖化は,生物の進化にどのような影響を与えるのだろうか?幅広い分布域をもつ生物では局所的な気候環境への適応進化の事例が知られている.この事実は,過去の分布変遷の歴史を背負った生物集団の環境応答が地域特異的であること,そして現在進行中の地球温暖化によっても集団の遺伝的変化が遅かれ早かれ確実に起こることを意味している.したがって温暖化にともなう生物相の変化とそのプロセス解明には,進化生物学的視点が必要である.近年,モデル生物などで蓄積されたゲノム情報を利用することで,適応的形質の遺伝的基盤を突き止めることが可能となった.本研究では,標高30mから3000mまでの幅広い標高帯にわたって分布する「標高万能」生物であるミヤマハタザオ(Arabidopsis kamchatica ssp. kamchatica)を対象種として選定し,幅広い標高帯への適応機構を遺伝子レベルから明らかにすることで,地球温暖化が生物に与える影響を進化的な視点から理解しようと試みる. 本年度は,次世代シーケンス技術を活用したPool Seq法を用いて,本州中部山岳地域の標高30mから3000mにかけて分布する集団を対象に標高適応遺伝子の探索をおこなった.7つの候補遺伝子のスクリーニングの結果、標高による適応分化を示す塩基多型サイトをGL1遺伝子に見出すことに成功した.GL1遺伝子は,被食防衛に関与するトライコーム(毛)の形成を調節する遺伝子として知られている.本州中部山岳地域にはミヤマハタザオを食草とするチョウ類が標高に応じて棲み分けていることが知られており,食植者による自然淘汰圧によって適応分化が生じたのかもしれない.
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度の目標であった適応形質の変異をもたらす塩基多型サイトの同定を一例ながらも成功することができた。この成果によって,遺伝子型と表現型が適応度にもたらす影響について、環境との相互作用を含めて直接的に検証する実験系を確立することができるようになり、次年度の研究方針が定まった。また次世代シーケンス技術を用いた適応遺伝子スクリーニング方法を構築することによって、従来のサンガー・シーケンス法では大量の労力を必要としたした複数集団からの候補遺伝子スクリーニングを効率的に実施できるようになった。実験室での栽培実験については、連携研究者らが中心となって、主な生活史形質の表現型測定が進められている。集団遺伝学的に自然選択が示唆された塩基多型サイトを検出した時点で、その遺伝子が関与する表現型と遺伝子型との相関関係を明らかにする準備が整っており、GL1遺伝子の塩基多型の検出の際には活用することができた。
|
Strategy for Future Research Activity |
すでに連携研究者らによって、菅平高原実験センタ-(標高1300m)と京都大学生態学研究センター(標高60m)の圃場を用いて,さまざまな野外集団に由来する栽培株の相互移植実験が実施されている.移植集団は遺伝子と適応度の関係を調べる上で理想的な系だと言える.これは野外集団では局所環境に有利な遺伝子が固定されていれば,遺伝子型と適応度の関係を調べることはできないからである.既に移植前の葉サンプルが採集されており,現在進行形で夏・冬の生存率が測定されている.今後,これらの移植集団の適応度と適応遺伝子の関係を検証していく予定である. もう1つの研究を進めるアプローチは、野外集団を対象に特定された温暖化適応遺伝子座の遺伝的多型性を明らかにすることである。本州中部山岳地域の6つの独立した山塊(北アルプス、中央アルプス、南アルプス、乗鞍岳、御岳、八ヶ岳)から、標高傾度に沿って野外集団の葉サンプルを採取しているので、今後、SNPマーカーを用いて各集団の対立遺伝子頻度を推定する。ある適応遺伝子座において、標高傾度に沿った遺伝子頻度の変化が複数の山塊にわたって共通のパターンを示すならば、生態適応による平行進化だと考えられる。一方で、標高傾度に沿った遺伝的多型性の変化が山塊毎に異なるならば、収斂進化を示唆すると考えられる。同様の解析を中立的遺伝子座についても実施し、進化における確率論的現象と決定論的現象(平行進化と収斂進化を含む)の相対的な役割を定量化することで、集団の適応進化ポテンシャルを評価することができるだろう。
|
Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
本年度に検出した適応形質の変異をもたらす塩基多型サイトをターゲットとして、SNPマーカーを作成し、個体レベルでのジェノタイピングを行うことで、遺伝子型と表現型および移植集団の適応度の関係を検証することができる。もう一つのアプローチとして、中立的遺伝子座についてSNPマーカーを作成し、野外集団の中立的な遺伝構造を推定することで、進化における確率論的現象と決定論的現象の相対的役割を定量化する。加えて、本年度に解析を試みなかった他の候補遺伝子について、スクリーニングを実施する見込みである。したがって次年度の研究費は主に、遺伝解析に必要な試薬・消耗品の購入に使用する予定である。 研究遂行上の課題として、異質倍数体であるミヤマハタザオのゲノム・リテラシーが効率よく実施できていない点が挙げられる。第二世代シーケンサーで解読した塩基配列は、異なる親種に由来する2つの相同遺伝子を判別しなければならないが、現状では部分的なサンガー・シーケンスによる検証をした上でマッピング・パラメーターを手作業で調整することに当初の予想以上の時間を費やしている。ミヤマハタザオは異質倍数体のモデル生物というべき対象であり、異質倍数体のゲノム・リテラシーの技術が確立すれば、コムギやアブラナ科作物などで広く知られてるの異質倍数体作物に対しても適用することができるので、農学的に応用・実用可能な技術となるだろう。新学術領域研究「ゲノム支援」などの公募支援制度を活用することで、ゲノム情報解析の効率化を図る予定である。
|