2011 Fiscal Year Research-status Report
乾燥地の天水コムギ栽培における種子ハードニングの作用機構解明と適正技術開発
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23780338
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Research Institution | Tottori University |
Principal Investigator |
辻 渉 鳥取大学, 農学部, 助教 (60423258)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 乾燥ストレス / 種子予措 / コムギ / 乾燥地農業 / 適正栽培技術 / 国際情報交流 / シリア:中国 |
Research Abstract |
作物が乾燥ストレスに対して最も感受的なのは出発芽期である.乾燥地ではこの時期の降雨が不安定であるため,出発芽や初期成長が抑制されることが多く,天水農地における減収の主要因のひとつとなっている.これに対し,播種前の種子に一度吸水させてから再乾燥する「種子ハードニング」とよばれる種子予措を行うと,乾燥土壌下における出発芽が向上することがコムギなどの作物種で明らかにされている.しかし,その向上程度の品種間差異やメカニズムは十分に解明されておらず,向上効果を最大化する手法も確立されていない.初年度である本年度は「種子ハードニングによる出発芽向上の効果に遺伝的な差異はあるか」を明らかにすることを主目的として以下の実験を行った. 起源地に近い地中海沿岸諸国のデュラムコムギの在来および改良40品種を乾燥土壌に播種したところ,全ての品種において種子ハードニングによる出芽率の向上が認められた.しかしその向上程度は品種間で異なっており,この程度が高い品種は出芽後の初期成長も良好であった. 次に,種子ハードニングによって乾燥ストレス下におけるコムギ収量が増加するかを検証するため,乾燥地の現地圃場における栽培実験を行った.国際乾燥地農業研究センター(シリア)において,パンコムギの合成六倍体派生3系統および在来の耐乾性1品種を異なる2時期に播種して天水栽培した.その結果,いずれの時期に播種してもハードニング処理による子実収量・バイオマスの増加は認められなかった.また出芽率,栄養成長期における気孔コンダクタンス・草冠温度にも処理間の差異はなかった.中国科学院遺伝および発育生物学研究所(中国)においても在来8品種を用いて同じ実験を行ったところ同様の結果が得られた.その要因として,いずれの現地試験においても播種直後に十分な降雨があったため,無処理種子でも出発芽と初期成長が良好であったことが挙げられる.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
起源地周辺から収集した遺伝的に多様で,多数のデュラムコムギ品種を用いた本年度の実験において,「種子ハードニングによって乾燥土壌下での出発芽が向上する」という効果が全供試品種で認められた.この結果はコムギにおける種子ハードニングの効果を一般化できることを示唆している.また,この効果が品種によって大きく異なることも明らかにした.このことから,今年度の当初に計画した「種子ハードニングによる出発芽向上の効果に遺伝的な差異はあるか」を明らかにすることができたといえる. これに加えて,本年度は種子ハードニングが最終的な子実収量を増加させるかについても乾燥地の現地圃場で検討を行った.この実験では「播種後の寡雨によって出発芽や苗立ちが抑制されると子実収量が減少するが,種子ハードニングを行うとこれが軽減される」という仮説を設定し,シリアおよび中国において実験を行った.いずれの実験においても播種直後の多雨のために仮説の検証は出来ず,ネガティブなデータしか得られなかった.しかしながら,種子ハードニングを行っても子実収量が減少しないことを確認できたという意味において一定の価値があったといえる.
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Strategy for Future Research Activity |
本年度に実施した実験において,ハードニング処理の効果に関する一定の品種間差異が認められたため,種子ハードニングの効果が高い品種と低い品種の比較によるメカニズムの解明と関連遺伝子の同定を目的に,今後は主に以下の2つの中課題に取り組む. しかしながら,今年度差異が確認出来たデュラムコムギの品種は遺伝的背景が大きく異なるため,下記の課題を遂行するには不適な材料である.そこで,シリアでの現地栽培実験に用いたパンコムギの合成六倍体派生系統群を材料にして,種子ハードニングの効果について系統間差異を検証する.その結果,差異が認められたら,効果が高い系統と低い系統を選抜して以下の実験に供する.1.種子ハードニングによる出発芽向上のメカニズムは何か? 種子ハードニングによる出発芽向上のメカニズムについては,α-アミラーゼ活性の向上による貯蔵デンプンの分解促進,胚肥大の促進,浸透調整作用を通じた吸水力の増大などの関与が報告されているが,発芽率との関係性は明瞭でない場合が多い.本研究では上記の要因に加え,α-アミラーゼ活性に作用するジベレリンの影響についても検討するとともに,以下の2.で同定する遺伝子のホモロジー検索を行い,その結果に基づいて関与する形質を推定し,これについても検討を加える.2.種子ハードニングによって特異的に発現する遺伝子はあるか? 種子ハードニングを「種子段階で軽微な乾燥ストレスに曝すことによって,その後のより厳しい乾燥に対する耐性を獲得させる馴化手法」と捉えると,この乾燥プロセスにおいて耐乾性増強に関与する特異的な遺伝子が発現すると考えられる.本実験では,遺伝的背景を同じくする品種を用いてSSH法を用いて候補遺伝子を差次的に抽出し,その後RT-PCRもしくはノーザンブロット法により関連する遺伝子を単離することで,効果が高い品種で特異的に発現している未知遺伝子を同定する.
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
次年度の研究費は,主として上述の実験を実施するのに必要な機器および消耗品の購入に充てる.当初計上していた旅費については,シリアの政情が不安定なため,機器および消耗品の購入に充当する.また,本年度に得られた成果を学会もしくは論文に発表する際の経費としても支出する.
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