2012 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
23820029
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
中尾 恭三 大阪大学, 文学研究科, 研究員 (10613979)
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Project Period (FY) |
2011-08-24 – 2013-03-31
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Keywords | 不可侵条約 / アスクレピオス神殿 / ヘレニズム時代 / コス / 国際ネットワーク |
Research Abstract |
報告者は2012年度、コスにおけるアスクレピオス神殿の不可侵条約と神域を中心とした国際ネットワークの形成に関する研究を進めた。 紀元前242年、地中海東部に位置するコス島のポリスは、ギリシア諸ポリス・ヘレニズム諸王朝に対して使節団を派遣した。その目的は、自らが管理するアスクレピオス神殿の不可侵であり、そこで4年に一度開催する大アスクレピエイア祭が「パンヘレニック」な祭典であることを認めさせるためであった。現存する碑文史料からうかがうことができる各国の反応はおおむね好意的なものであり、コスは前242年神殿の不可侵と大祝祭の創設に成功したとみなされる。 ここで問題となるのは、2点である。コス島はいかなる国際ネットワークによって、外交戦略を展開したか。前242年の使節団による交渉が、その後のコスにとっていかなる意義をもったかである。 前者については、古くからギリシア人によってアポロン信仰の聖地とされていたデルポイとコスの関係が示唆される。前240年代後半、デルポイにおいてソテリア祭が創設され、諸国によってパンヘレニックな祭典と認められていた。くわえて、デルポイから小アジアのポリスであったスミュルナのポリス・神殿に対する不可侵も同時期に承認されていた。これらの情報をデルポイの神聖使節団訪問によって知りえたコスは、前242年に自らが管理する神殿をアスクレピオス信仰の中核地として発展させることを企図し、使節団派遣に踏み切ったのである。 このとき認められた神殿の不可侵は、その後数百年をへたローマ元首政期においても、コスとローマ元老院との交渉において言及されるものであった。前3世紀半ばにコスが獲得した神殿の不可侵は、国際外交の場で重要な外交交渉において活用され続けていたのである。 本研究成果は、「前242年コスの使節団派遣と大アスクレピエイア創設」と題し、2013年度西洋史学会大会において報告した。
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Current Status of Research Progress |
Reason
24年度が最終年度であるため、記入しない。
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Strategy for Future Research Activity |
24年度が最終年度であるため、記入しない。
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