2023 Fiscal Year Research-status Report
Study of 'Raphaelism' in Western art history
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23K00173
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
佐藤 直樹 東京藝術大学, 美術学部, 教授 (60260006)
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Project Period (FY) |
2023-04-01 – 2027-03-31
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Keywords | 西洋美術史 / ラファエッロ / ヴィンケルマン / 高貴な単純 / 静かなる偉大さ / ギリシャ芸術模倣論 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、これまでの美術史研究において使用されてきた「古典」という広範囲で曖昧な概念に代えて、ラファエッロを軸に捉え直すことにある。研究代表者が提唱する新概念「ラファエッロ主義」とは、これまでの美術史学にはないものであり、それは、ラファエッロを手本とした作品に認められる、狭い意味での「ラファエッロ受容」とは一線を画すものを指している。「ラファエッロという美の規範」が国と時代を超えて広く伝播し生き続けたことで、ラファエッロ的な美が繰り返し形成される現象とその動向を明らかにすることで時代ごとに変容する「主義」が見えてくるだろう。 初年度は計画通り、「ラファエッロ主義」の生みの親とも言えるヴィンケルマンの『ギリシャ芸術模倣論』を2022年に刊行された田邊玲子による新訳を参考にしながら、「古典」という概念自体の問い直しを行なった。また、『模倣論』だけでなく『模倣論にたいする公開状』と『公開状への回答』も併せて精読した。とりわけ注目したのは、古代の理想美を表すキーワード「高貴な単純と静かなる偉大さ」である。この概念は、これまでヴィンケルマンが定めたものとして無批判に利用されてきた。しかし、ドレスデンでのヴィンケルマンは多くの書物から古代に関する記述を抜書きしていたことから、この概念形成にはすでに刊行されていた古代に関する多くの文献が関与したはずである。また、ヴィンケルマンのドレスデンにおける古代美術体験についても調査を開始した。 ヴィンケルマンがラファエッロを古典古代の最大の理解者と称えたことで、この画家が18世紀以降の美術家たちの手本として揺るぎないものになったことは明らかであるが、ラファエッロは生前から評判が高く、同時代からすでに多く引用されていた。その現象がラファエッロ芸術のどこに基づくのかを見極めるためにも、ラファエッロ論にあたることでこの画家の芸術を理解することにも努めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ヴィンケルマンの『模倣論』で繰り返し述べられた「高貴な単純と静かなる偉大さ」については、エリザベト・デクルトが「高貴な単純と静かなる偉大さ」が英国のリチャードソン父子による「高貴な単純」noble simplicityに由来すると指摘し(2002年)、クラウディア・ヘムはドイツではすでにヨハン・ヤコブ・ブライティンガーがこの概念を使用していることを明らかにしている(1974年)。ここから、ヴィンケルマンがこれらを手がかりに独自の見解を作ったことが想像され、彼の主張する古典的理想美の形成に、英国の美術批評の影響があったことが見えてきた。 ヴィンケルマンがドレスデンで見た最も重要な古代彫刻は《ヘルクラネウムの巫女たち》である。ヴィンケルマンはこの像の衣襞の美しさに最大の特徴を見出しつつも、その下の肉体の「高貴なる輪郭」を隠さないと指摘する。筆者は、ドレスデン絵画館の地下で新装開館された古代彫刻ギャラリーにて本作を実際に調査した。本作のほかに、多くの古代彫刻が展示され、ヴィンケルマンがドレスデンで見ることができた古代美術が決して貧しい環境ではなかったことを追体験することができた。これにより、『模倣論』では記述のない、その他の古代彫刻群が、彼の考察の裏付けと鑑識の自信の支えなっていることを実感できた。 ドレスデン絵画館では、ヴィンケルマンが評価したラファエッロの《システィーナの聖母》も実見することができた。『模倣論』においては、本作における古典古代の美を褒め称えるのみで、実際の古代作品との比較を行うことはなかったが、実物を改めて見ることで、《ベルヴェデーレのアポロ》のプロポーションや姿勢を取り入れていることに気づかされた。これらの実物調査は、ヴィケルケルマンの考察を理解するだけでなく、彼が書き残さなかった古代の要素を確認し、今後の調査に展開するためにも極めて有益なものとなった。
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Strategy for Future Research Activity |
3月24日に上智大学で開催された日本ヘルダー学会の2023年度後期研究会「ヴィンケルマンとその受容」に参加し、非常に多くの貴重な情報を得ることができた。研究発表は、「ヴィケルマンにおる自己批評の意義」、「ヴィンケルマン受容と輪郭線の問題」、「ゲーテとヴィンケルマン」、「フリードリヒ・シュレーゲルのヴィケルマン受容」と、古典主義の議論からロマン主義の誕生に至るまで、ヴィケルマンがドイツの文化に果たした大きな構造を見渡す充実のプログラムであった。ドイツ文学者からのヴィンケルマンに対するアプローチは、美術史学で欠けている視点がいくつも提示されたため、今後の研究の視野を大きく広げてくれる貴重な機会となった。 本年度はヴィンケルマンのラファエッロの再評価の検証に加え、ラファエッロ受容の調査にも本格的に着手したい。まずは、ヴィンケルマン以前の16世紀後半から18世紀までのラファエッロ受容を検証する。一例として、ヴァチカン宮殿を訪れた画家たちは、ラファエッロの壁画のどの場面を手本としたのか、画題の選択が時代によって異なるのか、あるいは出身国によって異なることなどを確認したい。同時代のイタリアの画家たちに加え、オランダのロマニストやベルギーのルーベンス、あるいはフランスのプッサンなど、ローマに長期滞在した画家たちが手本としたラファエッロの作品を詳細に調査研究することで、これまで単純にラファエッロ受容とされていたものの実態に迫れるはずだ。 加えて、複製版画によるラファエッロ作品の拡散も重要な役割を果たしていたことも見逃せない。マルカントニオ・ライモンディを中心にイタリアで製作された銅版画が、アルプスを超えてドイツ、フランス、オランダに渡り、多くの芸術家のイメージソースとなったことを明らかにし、古代美術を持たないアルプス以北で古代復興が加速し、ラファエッロ主義が誕生する状況を明らかにしたい。
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Causes of Carryover |
次年度に繰越し、旅費などにあてるため。
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Research Products
(4 results)