2023 Fiscal Year Research-status Report
Study on the representation of war trauma memory in contemporary literature
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23K00294
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Research Institution | Kanazawa University |
Principal Investigator |
飯島 洋 金沢大学, 学校教育系, 准教授 (30625067)
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Project Period (FY) |
2023-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | トラウマ / 橋上幻像 / 堀田善衞 / ニューギニア戦線 / 沖縄戦 |
Outline of Annual Research Achievements |
堀田善衞『橋上幻像』(新潮社、1970)の第一章「彼らのあいだの屍」は、ニューギニア戦線における極限体験を抱えて戦後を生き、自殺した友人「彼」の告白を、「男」が語るという構造を持つ。先行する序章ではさらにその外側の語り手が登場し、「男」を語りの場に引き出す。これについて、神奈川近代文学館に所蔵されているの自筆原稿及び創作ノート、関連する旧蔵書を調査した。典拠となったソルジェニーツィンの短編が明らかになったほか、参考にした南方戦線の体験記や浜口国雄の詩編などとの関係を分析した。そして、食人の体験を他者化し、道徳的責任を一旦回避することで辛うじて語ることのできた人間「彼」を造形したこと、「男」が「彼」の語ったことを「女」に伝える作業を通して、「彼」本人によって共有不可能とされた極限体験を語ることの困難を追体験し、他者のトラウマを語ることが、そのトラウマを自身のものとして引き受けることでもあることを描き出していること、「彼」の自殺後も平和運動を続けてきた「男」が、死んだ「彼」の地点に立って声をあげることができるようになったと自覚したことを意味すること、死んで発言することのできない体験者の記憶を共有し、従来の世界観に安住しえなくなった読者が、時代状況を前にいかなる態度をとるか、『橋上幻像』の語り手は問うていることを解明した。 また、戦後沖縄で刊行された「月刊タイムス」の読者投稿特集「沖縄戦記録文学」(1950.2)を調査した。収載された作品群は文学テクストとしての完成度は高くないとはいえ、直接的には知りえぬことを自己の視野を超えて述べ、戦時中には本来発言できないことを戦時の時点に立ち戻って言語化し、さらには、体験を語る中で、語り手のなかに語りえぬ凍り付いた記憶のあること、「語りえないということ」を伝えていることを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「月刊タイムス」の「沖縄戦記録文学」について論文が1本刊行済みのほか、2024年後半に査読誌に『橋上幻像』についての1本論文が掲載されることが決定している。
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Strategy for Future Research Activity |
『橋上幻像』の残る二章について、ホロコースト体験の語りとそれを聞いた日本人にとってのトラウマ体験の伝達の意味と、ベトナム戦争の脱走兵である朝鮮半島出身者の語ること/語らないことの意味を、草稿、創作ノートや関連資料を基に分析する。加害者のトラウマ記憶の内実とその言語化の方法を明らかにする。 さらに、広島への原爆投下に関わった自責から精神の失調をきたしている元米軍パイロットと、中国大陸での民間人虐殺に加わった記憶に苦しむ元日本兵に焦点を当てた『審判』では、元パイロットの内面はほとんど明らかにされず、元日本兵の体験は克明に想起され叙述される。二種の戦争加害に関わる先行文学テクストの言説、新聞報道等の同時代資料や神奈川近代文学館に収蔵されている『審判』の原稿草稿類と旧蔵書を分析し、当時アクセスしえた戦争神経症をめぐる言説の受容、人物像および語りの方法の成立基盤とその意味を追究する。元パイロットの沈黙と日本兵の明瞭な記憶、その社会的無能者としての表象が持つ意味を解明する。 また引き続き沖縄戦について、文献のほか現地の資料館の展示、戦争遺蹟の在りようなどを調査し、その文学表象の形成と内実を明らかにする。
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Causes of Carryover |
研究を進める過程で得られた新たな知見により、学内にある資料で基礎的な調査を行う必要が生じたため、次年度に集中的に出張を伴う資料調査を行う。また、能登半島地震により研究室や専修図書室の復旧を行うため、1月に予定していた出張をキャンセルせざるを得なかった。これについては2024年4月に実施する。
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