2023 Fiscal Year Research-status Report
Creating a practical training course that covers from commonality and diversity of living organisms to molecular biology based on mating
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23K02762
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Research Institution | Shinshu University |
Principal Investigator |
伊藤 靖夫 信州大学, 学術研究院総合人間科学系, 准教授 (70283231)
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Project Period (FY) |
2023-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | 理科教育 / 実習・実験 / 遺伝リテラシー / 交配 / 子のう菌類 / アスペルギルス |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の最終的な目的は,中学校から高等学校,大学を通じて実施可能な,遺伝学と生化学 / 分子生物学を基礎とし,生物の共通性と多様性にまで及ぶ包括的な実習教材を整備することである。 中学校,及び高等学校で広く実践するためは,高価な機器を必要としないことが前提であり,本計画に関しては,十分な容積を備えた恒温器がそれにあたる。そのための具体的な目標として,子のう菌類に属する糸状菌,Aspergillus nidulansの低温生育系統の選抜を行い,培養温度の問題を解決する。この点に関して,本菌の無性胞子(分生子)に紫外線を照射し,1 ~ 5%の生存率で得た約10^4変異体を20℃でスクリーニングしたが,有望な変異体の獲得には至らなかった。 一方,本菌はセミホモタリックであることから,交配作業の際に,接合にあたる異なる系統間での核融合の確率は50%である。そのため,形成される有性生殖器官(閉子のう殻)のうち半数でしか交配が確認できない。実際,中・高での実践では,時間的な制約や実体顕微鏡下での作業の問題から,生徒が扱う試料で交配が確認できないことが多く,事前にデモンストレーションの試料を準備する必要があった。この点に関して系統の再検討を行った結果,ほぼ100%の確率で交配がおこる親系統を得ることができた。高校,大学での実践でも約70%の閉子のう殻で交配が確認されたことから,実習教材としての大きな課題を克服することができた。 生化学的な実習につなげるための,色素の単離及び除去法の確立と変換酵素の扱いに関して,抽出条件等の検討を行ったが,試験管内で色素の変換を再現するには至らなかった。 実習の実践に関して,中学校では実施できなかったが,高等学校の課外活動,及び大学での教養科目としての実施は計画通り,実施することができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
まず,想定外の事態として,中学校では交配実習を実施することができなかった。5月にコロナ感染症関連の規制がほぼ撤廃されたことから問題視していなかったが,諸々の学校行事の復活によって時間的な制約がむしろ厳しくなり,見送らざるを得なかった。高校では,公立校,及び私立校の生徒を対象に課外活動として行うことができた。生徒の関心も高く,学生生活の思い出としてのコメントが地方紙にも掲載された。中・高で実践するにあたり問題となる恒温器の設置の問題を回避するための,低温生育系統の選抜では,有望な系統を得られなかった。紫外線の照射法,照射時間,スクリーニング法の検討は終え,約10^4個の変異体について確認したが,より大規模に実施するための時間とマンパワーへの対応ができなかった。 実習に関して,親系統の再検討を行ったところ,交配の確率をほぼ100%まで高めた系統の組合せを得ることができた。実践でも,以前の系統では特に中,高において生徒が行う作業で交配を確認することが難しかったが,今回,高校,大学で約70%で交配が認められ,実用的な段階に至った。また,光や気密性についても,現場を想定した条件で問題とならないことを確認した。先行研究では,核融合の確率は遺伝的背景の相違に相関するとされているが,今回得られた系統はそれにはあたらず,ゲノム配列の解析から,交配に関わる新たな因子の発見につながる可能性が示されている。 交配による遺伝学の実習を生化学的な実習につなげるための,色素の単離,及び除去法の確立と変換酵素の扱いに関して,試験管内で色素の変換を再現するには至らなかった。 以上の点から,新規の親系統の確立という点で大きな進捗があったものの,低温で生育する変異体を得られず,色素の変換系も確立できなかったことから,これらを差し引きすると本年度の進捗状況は「やや遅れている」とする。
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Strategy for Future Research Activity |
低温で生育する変異体のスクリーニングを最優先する。紫外線の照射法,時間等のプロトコルは確立できたので,実験補助員の雇用も含めて,現在の100倍,10^6個の変異体のスクリーニングを目標とする。並行してsdeB等,関与する可能性を想定している遺伝子の検討も行い,低温で生育する系統が得られることの実証も行う。ただし,学校の実習教材とすることが前提なので,ゲノム編集等で低温生育系統を得ても,最終的には紫外線処理によって得る変異体が必要である。また,試験管内での色素変換酵素の活性の検定法の確率に関する作業も進める。現在問題となっているのは,変換酵素が発現しているフィアライド細胞の採集である。これまでは実習での実施を前提として作業を検討してきたが,一端,研究室レベルで厳密,かつ精細な作業も行い,試験管内で色素が変換されることを実証する。そのうえで,中,高も含めた実習で実施可能な方法の開発を行う。 今年度得た核融合の確率がほぼ100%の親系統は,これまで用いていた系統を交配して得た後代なので,遺伝的な背景に大きな相違があるとは考えられない。これは,先行研究との重要な違いを示す結果であり,ゲノム配列の決定コストも数万円レベルになっていることから,バイオインフォマティックスに習熟した研究者との共同研究の可能性とも合わせて,原因を究明する。 学校での実践に関して,中学校では諸々の状況の変化もあり,2024年度は大学での実施も含めた可能性について検討と準備を進めている。高校では,メンデルの遺伝学に関する内容が生物基礎で扱われていないため,2年次以降の正課の授業内で実施するための準備と,高大連携と関連づけた,大学での実施について複数の計画を進めている。大学での実習では,組換え価の測定等,これまでの実績を踏まえ,さらに内容を充実させていく予定である。
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Causes of Carryover |
中学校での正課の実習が見送られたこと,低温生育系統の大規模なスクリーニングの準備が年度内に整わなかったことから,次年度使用額が生じた。これは2024年度請求額と合わせて,消耗品費,補助研究員の雇用費として使用する予定である。
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