2023 Fiscal Year Research-status Report
熱履歴に依存するイオン液体の相挙動:誘電緩和法を用いた現象論的アプローチ
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23K04683
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Research Institution | Fukuoka University |
Principal Investigator |
渡辺 啓介 福岡大学, 理学部, 助教 (50580172)
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Project Period (FY) |
2023-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | イオン液体 / 構造緩和時間 / 熱履歴 / 誘電緩和 / 透明電極 |
Outline of Annual Research Achievements |
イオン液体は、常温で液体状態を示す塩であり、低揮発性、不燃性、高イオン伝導性など、特異な物性を有することから、次世代の機能性材料として注目されている。本研究では、イオン液体の構造緩和挙動と結晶多形に着目し、熱履歴の観点からイオン液体の物性と相挙動の関係性を明らかにすることを目的とした。 本年度はまず、[C8mim][BF4]の誘電緩和測定により、構造緩和時間の温度依存性がVFT式に対応することを明らかにした。イオン液体の構造緩和挙動が、過冷却液体一般に見られる挙動と類似していると考えられる。得られた知見を元に、緩和時間に比例した冷却速度やアニール時間を適用した実験を行うことで、イオン液体の物性制御の可能性が拓けると期待される。 また、[C4mim][PF6]の示差熱分析とXRD測定により、3つの結晶多形が存在し、その安定性が熱履歴に依存することを明らかにした。特に、急冷によって準安定相を経由せずに安定相へ結晶化する傾向は、Ostwaldの段階則から逸脱しており、イオン液体の相挙動の複雑さを示唆している。Ostwald則からの逸脱は、構造緩和時間とアニール時間の関係を考慮することで説明できると考えられるが、緩和時間との関係は未だ十分に明らかにされていない。これについては、次年度以降、様々な熱履歴条件下でのイオン液体の相挙動を調べ、動的相図の作成によって明らかにしていく予定である。得られる知見は、イオン液体の相挙動を理解し、制御する上で重要であり、今後の材料設計に活かされることが期待される。 本研究で得られた知見は、イオン液体の構造緩和挙動と結晶多形に関する基礎的理解を深めるものであり、イオン液体の物性制御や材料設計の指針となることが期待される。今後は、熱履歴に依存するイオン液体の相挙動をさらに詳細に調べ、動的相図の作成を目指す予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は「イオン液体の構造緩和時間に紐付けられた熱履歴効果の検証」を予定していたが、これに付随する次の三つのマイルストーンを達成し、構造緩和時間に紐付けられた熱履歴効果を検証し、計画は概ね順調に進んでいる。 (1)誘電緩和分光による過冷却イオン液体の構造緩和時間の決定:[C8mim][BF4]の誘電緩和測定を行い、構造緩和時間の温度依存性を調べた。その結果、構造緩和時間はVFT(Vogel-Fulcher-Tammann)式に対応した緩和傾向を示すことがわかった。緩和時間は、温度がガラス転移温度に近づくにつれて増大し、VFT式中の3つのパラメータで表現可能であることを明らかにした。 (2)構造緩和時間に対応した走査速度を適用したDTA測定:[C4mim][PF6]に様々な熱履歴を印加した示差熱分析(DTA)を行い、結晶多形を示すことを確認した。現れる結晶は、熱履歴に依存して主に3つ存在し、融点が高い方からα、β、γ相と表記した。XRD測定により、結晶相が5つ以上観測されたことは、予想していないことであった。α相、β相、γ相の3つの自由エネルギーの大小関係は明らかになったが、その他の結晶相については、明らかではない。次年度は、これらの相についても詳細に調べていく。 (3)構造緩和時間に対応する熱履歴を作用させて相挙動の観測:[C4mim][PF6]の液体状態から急冷および徐冷実験を行い、α相を経由せずにβ相へ結晶化する傾向が見られ、Ostwaldの段階則から逸脱することを確認した。この現象は、構造緩和時間とアニール時間の関係を考慮することで説明できると考えられるが、緩和時間との関係は未だ十分に明らかにされていない。これについては、次年度以降、様々な熱履歴条件下でのイオン液体の相挙動を調べ、動的相図の作成によって明らかにしていく予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は、イオン液体の相成長速度を追跡し、拡張された熱履歴と相変化のダイナミクスを調べる。この目的を達成するために、以下のマイルストーンを設定した。 ①示差走査熱量測定(DSC)による相転移挙動の観測:様々な走査速度やアニール条件下でのDSC測定を行い、イオン液体の相転移挙動を詳細に調べ、熱力学的パラメータを評価する。②小角X線散乱(SAXS)測定による相構造の解析:SAXSを用いて、イオン液体の相転移に伴う構造変化を追跡する。散乱プロファイルの解析から、各相の構造パラメータ(分子間距離、相関長など)を導出し、相転移メカニズムを考察する。③偏光顕微鏡観察による相成長過程の可視化:偏光顕微鏡を用いて、イオン液体の相成長過程をリアルタイムで観察する。結晶成長速度や核生成密度などの動的パラメータを評価し、相成長メカニズムを解明する。④走査速度およびアニール条件を評価軸とした動的状態図の作成:①から③で得られたデータを総合的に解析し、走査速度やアニール温度・時間を評価軸とした動的状態図を作成し、相安定性や相転移メカニズムを包括的に理解するためのプロットを作成する。 以上のマイルストーンを達成し、イオン液体の相成長速度と熱履歴の関係性を明らかにし、相変化のダイナミクスを解明することができると期待される。これまで、結晶多形に関わる核生成や相成長は、平衡論的にギブズエネルギーを用いたアプローチが多かったが、速度論的にも活性化ポテンシャルを決定づける遷移状態についても準平衡的な取り扱いが行われてきた。しかし、実際の系は、緩和時間ががVFT式に従うように、温度や時間と共に変化すると予想される。本研究で得られた知見は、イオン液体のみならず、液体に関わる非平衡状態に迫る重要な知見となることが期待される。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた理由は、予定していたイオン液体[P444,n][TFSI](n=4,6,8,12,16)]の購入を行わずに、合成によって、より純度の高い試料を得る方策をとったことで、購入費用を抑えることができた。学会活動を通じて、NIMSの上木 岳士から技術の提供を受けることができ、合成に成功した。次年度はこの試料についても熱履歴を扱い相挙動の追跡を行う予定である。
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Research Products
(4 results)