2023 Fiscal Year Research-status Report
20世紀フランス文学におけるモラリストの一系譜:クンデラの小説論を基点として
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23K12136
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
篠原 学 大阪大学, 大学院人文学研究科(外国学専攻、日本学専攻), 講師 (90905978)
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Project Period (FY) |
2023-04-01 – 2027-03-31
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Keywords | 小説の技術 / 小説家のモラル / 文学的遺産の継承 / フランスにおけるカフカ / モラリストの小説論 |
Outline of Annual Research Achievements |
2023年度は課題の研究成果として2本の論文を発表した。2023年5月の論文「小説の技術とモラル:ミラン・クンデラの大江健三郎評」(『表象と文化』20号)では、クンデラのエッセイ集『カーテン』に見られる大江健三郎への言及を手がかりとして、小説家の技術が、「小説家はただ小説だけが言いうることを言うべきである」という、クンデラの考える小説家のモラルにとって不可欠のものであることを示した。一見すると技術を語ることに終始しているかに見えるクンデラの小説論は、まさにその語りを通して、モラルに関わる問題を追求している。そのことを明らかにした本論文は、クンデラの小説をあるモラリストの系譜において捉えようとする本研究の出発点となるものである。 2024年3月の論文「クンデラはどのようにカフカの遺産を継承したか」は、クンデラとカフカの文学史的な影響関係に焦点を当て、クンデラのカフカ論とドゥルーズ=ガタリのカフカ論とを比較したものである。クンデラのカフカ論は、カフカを純粋な意味で美学的な小説芸術のなかに閉じ込めるのに対して、ドゥルーズ=ガタリはそのような閉じ込めに穴を穿ち、逃走の線を引こうとする。本論文によって確認されたこの際立った対照は、1975年にフランスに亡命してきたクンデラが、同時代のフランス文学から一定の距離を置いていたことを示すものであり、これを一つの起点として、より先行する世代のフランス文学の担い手たちとクンデラとの関係を探っていきたい。 また、論文としてはまだ発表できていないものの、申請時の計画に沿って、1920年代から30年代にかけての、とりわけジッドとモーリアックの小説論を、ブルトンの『シュルレアリスム宣言』等、小説に関わる同時代のテクストとの関連のなかで読み解き、そこにモラリストの系譜を読み取ろうとする作業を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
ジッドおよびモーリアックの小説論を、同時代のテクストとの関連のなかで捉え直す作業は一定の成果を得たが、1930年代の共産主義と文学の関係をめぐる著作、たとえばアラゴンの『社会主義リアリズムのために』などとの関連については、まだ十分な整理ができていない。 この遅れには二つの理由がある。一つは、モーリアックの小説論そのものが多岐にわたる問題を含んでおり、その読解に想定より多くの時間がかかったことである。 もう一つは、本課題が主たる研究対象とするミラン・クンデラが2023年7月に亡くなり、クンデラを追悼し、その著作を総括する動きが生じたことで、関連文献を読み、内容を整理することに、予定していた以上の時間を取られたことである。この動きのなかで、研究代表者(私)自身も、クンデラの文学的な遺産を文学史のなかに改めて位置付けなおす必要に迫られた(本課題は当初よりそれを予定していたが、クンデラの死によってやや前倒しして取り組むことになった)。上記「研究実績の概要」中に掲げたカフカとの関係についての論文は、この作業の成果として得られたものである。本来は2年目に予定していたドゥルーズ=ガタリの著作との比較を先取りして行ったのも、そのためである。
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Strategy for Future Research Activity |
まずは2023年度の研究計画中の未実施の部分に早急に取り組む。すなわち、アラゴン等、共産主義に接近してゆく1930年代の文学論に対して、モーリアックの小説論がとる距離を、テクストの緻密な読解によって見定めたい。 そのうえで、すでに一部分を先取りして実施している今年度の研究計画を遂行する。そこでは、サロートやロブ=グリエら、ヌーヴォー・ロマンの作家たちとクンデラとの比較が中心になるはずだが、2023年度の研究で着目したカフカとの関係に引き続き焦点を当て、おのおのの小説論におけるカフカの援用の仕方の差異を仔細に記述していきたい。 また、研究対象である作家の死という予期せぬ事情から、クンデラにおける「追悼」の問題を考えることで、先行世代との関係を整理できる可能性が見えてきた。そこで、「追悼」を新たなキーワードとして、次年度以降にシンポジウムを企画している。その準備の一環として、クンデラの小説『冗談』を原作とする映画の上映・トークイベントを、2024年6月に行う予定である。 なお、2年目は研究発表の場として国際シンポジウムへの参加を検討していたため、当初の研究計画にも海外へ渡航する旨記載していたが、2024年10月に関西学院大学で行われるフィクションおよびフィクショナリティ研究国際学会のシンポジウムに参加することになったため、文献調査等の必要がなければ、2024年度は海外渡航しない予定である。このシンポジウムでの発表では、クンデラの小説『不滅』におけるメタフィクション性とモラルの問題との関わりを明らかにすることを目指している。
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Causes of Carryover |
研究代表者(私)が行っているクンデラ研究会を母体として、国内で対面の研究集会を行う予定であったが、2023年7月に研究対象であるクンデラが亡くなったため、その追悼のためのイベント(シンポジウムや映画の上映会)を、急遽企画し、準備することとなった。この予定変更により、当該年度に複数回もたれた会合はいずれもオンラインでの打ち合わせ的な性格のものとなり、そのなかで課題に関わる専門的な議論を行ったさいにも講演料等の謝金はいっさい発生しなかったことから、次年度使用額が生じることになった。この金額は、2024年6月に行われる映画の上映会に関わる経費(謝金、交通費、会場使用料、機器使用料)として使用する。
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Research Products
(2 results)