2023 Fiscal Year Research-status Report
イネばか苗病菌はなぜ活性の低いジベレリン分子種を生産するか?
Project/Area Number |
23K18032
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Research Institution | Chubu University |
Principal Investigator |
柘植 尚志 中部大学, 応用生物学部, 教授 (30192644)
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Project Period (FY) |
2023-06-30 – 2026-03-31
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Keywords | 植物病理学 / 菌類 / 植物 / 植物ホルモン / 遺伝子 |
Outline of Annual Research Achievements |
イネばか苗病菌が生産する主なジベレリン(GA)分子種はGA3である。興味深いことに、GA3生合成の前駆物質GA4とGA7は、GA3よりも高い植物生長促進活性を示す。先に、GA生合成酵素desとP450-3の遺伝子破壊によってGA4生産株とGA7生産株を作出し、これら変異株が野生株に比べ、より顕著な病徴を引き起すこと、すなわちdesとP450-3の機能によって、本菌の病原力が抑制されていることを見出した。本研究では、ばか苗病菌の“強すぎない病原力”の生態的・進化的意義について、本菌のイネへの感染環を踏まえて検証する。 イネ種子を野生株、des変異株、P450-3変異株の胞子懸濁液に浸漬接種し、素寒天または育苗培土で育成したところ、両変異株は、より顕著な徒長、さらに出芽阻害、生育阻害を引き起こした。また、変異株接種苗では、種子周辺で菌が旺盛に増殖し、定着能力の向上が確認された。 国産のばか苗病菌3株に加え、NCBIデータベースに登録されている22株のゲノム情報を解析し、すべての菌株でGA生合成遺伝子クラスター、さらにdesとP450-3 が保存されていることを確認した。 先に、ばか苗病菌がイネ以外の作物にも、種子発芽時には感染することを見出し、本菌が宿主範囲の広い内生菌であることを示唆した。本研究では、オオムギ、コムギ、ナス、トマト、メロン、キュウリ、ダイズ、エンドウ、ダイコン、ネギを用いて、本菌の宿主範囲を再確認した。野生株またはP450-3変異株のGFP発現株の胞子を混合した汚染土壌に各植物を播種したところ、ダイコンとネギ以外の植物では、徒長症状が観察され、変異株汚染土壌では出芽阻害や生育阻害も引き起こされた。生育植物の胚軸を表面殺菌し、接種菌の分離を試みたところ、GFP発現株が再分離され、植物組織内に定着していることが確認された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
des変異株(GA4生産株)とP450-3変異株(GA7生産株)のイネ種子への接種試験によって、両変異株が種子の出芽阻害、生育阻害などより顕著な病徴を引き起こすこと、さらに接種イネの種子周辺部でより旺盛に増殖することを観察した。先に、ばか苗病菌のGFP発現株を用いて、本菌のイネ組織内での感染部位が種子と地際部に限定されていることを観察し、侵入力、組織内での蔓延能力が予想以上に低いという、内生菌的性質を見出した。今回の結果は、より活性の高いGA4またはGA7を生産することによって、内生菌的性質がマスクされ、病原菌的性質が増強されることを示した。 解析したすべてのばか苗病菌で、GA生合成遺伝子クラスターのdes遺伝子とP450-3遺伝子が保存されていることは、ばか苗病菌ではこれら遺伝子によって病原力が抑制された菌株が自然選択されてきた、すなわち“病原力が強すぎない菌株”の方が自然界でのフィットネスが高ことを示唆している。 ばか苗病菌野生株とP450-3変異株の汚染土壌にイネ科、ナス科、ウリ科、マメ科、アブラナ科、ヒガンバナ科の10種の植物を播種・育成したところ、アブラナ科のダイコンとヒガンバナ科のネギ以外では徒長症状が引き起こされ、変異株汚染土壌では、出芽阻害、生育阻害も観察された。また、胚軸から接種菌が再分離され、本菌がダイコンとネギ以外の供試植物ではそれらの組織内で定着できることが確認された。 以上の研究によって、ばか苗病菌が本来宿主範囲の広い内生菌であること、さらにばか苗病菌では病原力が低いことが適応性に重要であることが示唆された。 今年度は、当初予定した研究をほぼ実施することができ、研究は順調に進展している。
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Strategy for Future Research Activity |
イネばか苗病菌は、典型的な種子伝染性病原菌として位置づけられており、頴花への感染、籾への胞子の付着が感染環を継続するためには不可欠である。これまでの研究から、本菌のイネへの感染はイネの開花時と種子発芽時に限られており、イネ個体間での2次感染は起こらないと推定している。この推定が正しければ、病原力が強い菌株は、イネの生育初期、すなわち開花、種子形成のはるか以前にイネを枯死させてしまい、種子感染には至らず、感染環は途絶えると予想される。そこで、本菌の感染様式をさらに確認するために、野生株、des変異株、P450-3変異株のGFP発現株の胞子を接種したイネ種子を素寒天または育苗培土で育成し、各菌株の感染行動を詳細に観察する。また、イネの葉や根への胞子接種によって、2次感染能力を評価する。さらに、これら菌株の胞子を頴花に注入接種し、捻実率、接種種子の発芽率、発病率を調査することによって、GA3を生産することによる“強すぎない病原力”が種子伝染による感染環に不可欠であることを検証する。 本菌の内生菌としての潜在能力をさらに確認するために、野生株と変異株のGFP発現株を用いて、胞子懸濁液の茎への注入接種によって、各種植物への感染行動を詳細に観察するとともに、接種作物からの再分離実験によって定着能力を評価する。 以上の研究結果を総合的に検討することによって、ばか苗病菌の“強すぎない病原力”の生態的・進化的意義について、本菌のイネへの感染環を踏まえて検証し、GAを介したイネばか苗病菌の誕生と適応の軌跡に迫りたい。
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Causes of Carryover |
次年度使用額144,354円のうち、94,710円は年度末に使用する消耗品を発注した。実質の次年度使用額は49,644円であり、年度内にほぼ順調に使用した。 次年度使用額(144千円)と当初予定していた予算額(1,600千円)を合わせた1,744千円の使用計画は以下の通りである。 実体顕微鏡付属デジタルカメラ専用コントローラー購入費733千円(本年度は正立顕微鏡付属デジタルカメラ専用コントローラーを購入)、学会参加旅費100千円、論文校閲・投稿料200千円、残り711千円は遺伝子実験用試薬、培養用試薬、植物育成用資材、ガラス・プラスチック器具などの研究に使用する消耗品費として使用予定である。
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