2020 Fiscal Year Annual Research Report
The basic structure of the literary work which crosses the border is analyzed
Project/Area Number |
20H01239
|
Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
静永 健 九州大学, 人文科学研究院, 教授 (90274406)
|
Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2025-03-31
|
Keywords | 唐詩 / 唐汝詢 / 唐詩解 / 杜甫 / 吉川幸次郎 / 目加田誠 / 盲目の知識人 / 出版 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和2年度(2020年度)は、コロナ感染症の蔓延にともなう各種の規制や自粛によって、研究の方向転換をさまざまなレベルで求められた一年であった。そこで、予定していた全ての調査旅行(東京等各地の図書館等に所蔵される関連資料の調査)を取りやめ、その予算を古書(関連する書籍)の購入に充て、その解読に専念することとした。また、逆にこの自粛生活のおかげで、各地の研究者との連絡が頻繁に取れるようになり、毎月数回(あるいは一時は毎週行った)各地の研究者とのリモートによる読書会などを行って、情報交換につとめた。当初はかなり危機感を持って臨んでいたが、幸いこの一年間は健康を損ねることもなく、今ふりかえると、まずまずの進捗を見せたと思っている。 特筆すべき発見は、17世紀、明代末期に活躍した市井の知識人、唐汝詢(1565~1659)について、再認識するところがあり、また、この人物の唐詩注釈書の明末刊本(おそらく初版本)を入手。それまでは清朝に入ってからの再版本によって知られてきた人物であるが、この初版本によって、彼についての詳細な伝記(50歳までの前半生について)と、その膨大な図書リスト(すべて彼が記憶していたもの、約800種)を今回、新たに発見することができたことが挙げられる。この唐汝詢という人物は、従来あまり紹介されて来なかった人物だが、5歳の時に両眼の光を失い、以後、家族や門人達に支えられて、上記800種もの書籍を記憶し、その知識によって唐詩(約1500首)の詳細な注釈を出版した人物であった。この人物についての発見(新しい伝記資料)と、その唐詩注釈書の分析を開始したのが、本年度の最も大きな研究実績であった。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
コロナ禍によって、予定していたさまざまな研究活動に変更が生じた。特に研究発表を予定していた学会が開催中止となり、また、この年度内に執筆した研究論文も3月31日までの刊行が延期となった。したがって、研究論文・著書および学会発表の発表件数が0件となっている。しかし、「おおむね順調に進展している」と報告する理由は、たいへん予想外なことに、中国17世紀の市井の知識人、唐汝詢について、新たな資料を発見、入手し、これまで学界にはほとんど知られていなかったこと(この人物が盲目の知識人であったこと)などを突き止めたことに拠る。当初予定していた調査旅行などの旅費を、この人物の著作『唐詩解』五十巻(その1615年の初版本)と『彙編唐詩十集』四十八巻(その1623年の初版本)の購入に充て、これらの資料の分析と調査に方向を切り替えることができたことは、まことに幸運であったと言える。なお、この二種類の初版本は、日本は言うまでもなく、海外(現地の中国や台湾等)でも所蔵数が少なく、貴重である。また、これらの資料をデジタル写真撮影し、今後ひろく研究資料として活用できるようにしたことも、今年度の大きな作業の一つである。このデジタル写真は、目下、大学図書館のデジタル・アーカイブより公開準備をすすめている。全世界の研究者に広く活用してもらいたいと願っている。 そもそも盲目の知識人の驚異的な記憶力が文化の大きな推進力となった例は、古く奈良時代の鑑真を筆頭に、江戸時代の塙保己一、また近代のヘレン・ケラーなどが著名である。この唐汝詢の場合は、その記憶した図書リストもあり(今回、この課題研究によって新たに発見されたものである)、文字認識や記憶のメカニズム等の解明にも役立つことが期待される。現在はまずこの唐汝詢の初版本に記された約800種の図書リストについて、分析をすすめている段階である。
|
Strategy for Future Research Activity |
この課題研究第二年目に当たる令和3年度(2021年度)も、引き続きコロナ感染の危機から脱却しておらぬため、本務地、九州大学での活動を中心に研究をすすめてゆく方針である。リモートによる各種の研究会も予定しているが、可能であれば、海外の研究者とも連絡を取り合って、より頻繁に情報交換を行ってゆく。 また、昨年は唐汝詢『唐詩解』五十巻初版本の全頁デジタル写真撮影を行ったが、2021年度は『彙編唐詩十集』の撮影を行うことにしている。これらの図像は、九州大学附属図書館のデジタルアーカイブのページから、広く公開することができれば、更なる研究交流も期待できるであろう。 なお感染症の危機も、今年度後半や次年度以降は、今よりはかなり回復していることであろう。当初予定していた各地の資料調査や、海外の研究シンポジウム等への参加を一日も早く再開させたい。 唐汝詢『唐詩解』を核とした17世紀の研究は以上であるが、この「盲目の知識人」という新たなキーワードを今後の研究に生かし、8世紀の日本と中国(唐)の文化交流、また、20世紀初頭のアジア各国の文学研究の勃興についても、独自の研究展開が期待される。これまでは単なる中国古典学の一項でしかなかった「唐詩」の研究が、文字教育(認知)の研究とも連携をとり、新たな学問研究へと発展させることができるであろう。
|