2023 Fiscal Year Research-status Report
上代氏族伝承における寓意性の研究――文学的視座から見る虚構と史実の相互関係――
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23KJ1869
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Research Institution | Gakushuin University |
Principal Investigator |
長 見菜子 学習院大学, 人文科学, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2023-04-25 – 2025-03-31
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Keywords | 氏族伝承 / 上代文学 / 伝承文学 / 古事記 / 日本書紀 / 語部 / 伝承荷担者 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は氏族伝承のリストアップ作業と並行して、伝承の成立に関与した氏族・語部の実態に関する検証を行った。『古事記』の軽太子物語を対象に、武器の金属素材(銅鏃・鉄鏃)を記す本文割注に着目して調査を進めた結果、語部である軽部・穴穂部と部民を管掌する物部連の性格や職掌が、物語の構成や展開に影響を与えた証左を得ることができた。詳細は論文化して公表している。 奈良県天理市近辺にあたる石上地域は、当該伝承発祥地の一つとして早くから注目されてきた。また、銅鏃が古墳時代に副葬品として大量に供献されたこと、天理市が県内で最も古墳の多い地域であり、祭祀具・武器製造集団の管掌を職務とする物部連が渡来の工人を使役して生産に従事させたという史実が、遺構・遺物調査によって明らかになっている。 軽太子の名代である軽部は葬送儀礼に携わる部民と解されているが、脆弱な銅鏃と軽太子が関連付けられたのは軽部の職掌と銅鏃の密接な関係に由来しており、伝承を語る軽部が悲劇性を際立てるために意図的に利用した可能性が高い。 政敵穴穂皇子の武器が鉄鏃の矢であるのは、石上地域に居住した名代の穴穂部と、部民を管掌する物部連の性格の反映と考えられる。大和政権が施行した人民管理制度「人制」を始め、同根の部「穴太部」が居住した旧近江国滋賀郡、及び石上地域にある布留遺跡の遺物・遺構から窺える歴史を参考に検証した結果、穴穂部は外来の石工・鍛冶師集団であり、横穴式石室の構築や鉱石の採掘鍛冶に従事した部民と判明した。石上地域における物部連の勢力伸長の歴史と管掌下にあった穴穂部の職掌が、穴穂皇子を助力する大前小前宿禰の行動や武器の優劣という形で表現されたと推定される。 上述の成果は一定の史実性を帯びた氏族・語部の記憶が物語に奥行きを齎していることを証するものであり、伝承の成立と文献採録の過程を推測する一助になり得ると考える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度に対象とした物語伝承と伝承荷担者の性格分析に関しては、一定の成果が得られている。特に実態が不明瞭であった名代の職掌を明瞭化し、伝承荷担者の性格が物語の展開構成に関わる証左を得たことは、伝承の成立と普及・発展過程を推定する上で一つのモデルケースとなり得るものであり、氏族伝承の分類・体系化作業の進捗にも寄与する事績だと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
令和六年度は、語部に関する研究を主体とする予定である。語部は『古事記』や『日本書紀』の原資料に関わる存在として、明治時代を契機に各方面から研究が進められてきた。しかし、個人によって語部の範囲や伝承する語りごとの見解が異なるため、明確な定義が定まっていないのが現状である。氏族伝承の特徴や伝承荷担者の実態を正確に把握するためには、先学の見解を精査した上で明確に分類することが急務であると考える。上記の件については、日本口承文芸学会第48回大会(2024年6月)における発表が内定している。 また、引き続き氏族伝承のリストアップ作業を行うとともに、本年度対象とした物語伝承の『日本書紀』における受容と採録の問題について考証する。この度得られた成果を参考に、氏族・語部が各書に齎した影響を追究したい。
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