2015 Fiscal Year Annual Research Report
パレスチナ自治区鉄器時代都市の社会的、宗教的変化に関する考古学的総合研究
Project/Area Number |
24251015
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
杉本 智俊 慶應義塾大学, 文学部, 教授 (80338243)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
高井 啓介 東京大学, 人文社会系研究科, 研究員 (00573453)
渡部 展也 中部大学, 人文学部, 准教授 (10365497)
菊池 実 東京基督教大学, 神学部, 准教授 (20296354)
西山 伸一 中部大学, 人文学部, 准教授 (50392551)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | パレスチナ / 考古学 / 一神教 / 遺跡保存 |
Outline of Annual Research Achievements |
2015年度は、2012、2013年度の調査に引き続き、ブルジュ・ベイティン地区の発掘調査を行なった。ブルジュ・ベイティンは、ベイティン村の南東の丘に位置する遺跡で、アブラハムやヤコブを記念する教会堂が存在したという伝承があったが、発掘前には遺跡の中心に塔があるだけで、教会は認められなかった。 しかし、前年度までの調査で、この塔の周囲に周壁が存在し、特にその西側には円柱で挟まれ、精緻な切り石細工で装飾された入り口が存在したことが確認されていた。また、周壁の床にはモザイクが施され、その模様からビザンツ時代のキリスト教建築であることが推定されていた。ただこの建築の厳密な構造や性格は不明であったので、それを解明することが昨年度の調査目的であった。 結果として、周壁は同遺跡の西側部分全体を囲んでおり、この建物は非常に大きなビザンツ時代の教会堂(40mx28m)を構成していることが判明した。側廊部分にはモザイク、身廊部分には長さ1メートル以上の平らな石が敷かれていた。東端部分からは、アプスとおそらくクリプトと考えられる小部屋が検出され、十字架の彫られた祭壇障壁の石や生命の木や石榴の装飾のある鴨居の石などが出土した。このような規模と質の教会堂は単に在地の日常的な必要に応えるためのものとは考えられず、キリスト教公認以降の同地の聖地化の流れを理解する上で貴重な資料となるであろう。 また、塔は十字軍時代のものであることがあきらかとなり、周囲の水利施設や農業施設とともに農業を中心とした所領の中核であったことが判明した。エルサレム王国は、こうした所領経営を通して、奪還した領地支配を確実なものにしようとしたと思われる。一方、この塔の東側ではマムルーク朝時代の大型建築が出土し、周囲の壁も完全に封鎖されていることが判明した。おそらくこれらは、この地域の再イスラーム化のプロセスを反映していると思われる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究は、元来パレスチナ自治区のベイティン遺跡を調査し、鉄器時代(イスラエル王国時代)都市の社会的、宗教的性格を把握することが目的であった。同遺跡は、ユダヤ教、キリスト教、イスラームすべての始祖とされるアブラハムが祭壇を築き、イスラエル北王国がエルサレム神殿に対抗して金の子牛の聖所を建設した町ベテルとされており、これらの宗教の成立を考える上で極めて重要な場所だからである。 しかし、実際に現地を調査した所、村中にテル、ネクロポリス、大型貯水池、ブルジュ・ベイティンと呼ばれる地区など多種多様な遺跡が広がっており、聖書の宗教の成立を考える上で、当初の予定以上にさまざまな要素が検討されるべきことがあきらかとなった。そこで本研究では、まず村全体の地形図を作製し、表面調査を行なって遺跡の現状を記録した。パレスチナ自治区では過去50年ほどほとんど考古学的調査が行なわれてこなかったので、このような基礎的情報自体が大きな意味をもつ。 ネクロポリス地区では、120基ほどの竪坑墓と横穴墓を確認し、分布図を作成し、3基の竪坑墓と2基の横穴墓を発掘した。竪坑墓は移行期青銅器時代のもので、一般にアブラハムたちの時代とされる。横穴墓はローマ時代のものであるが、鉄器時代の墓の再利用らしいことがわかった。これらが同じ場所に継続していることは、伝統の継承という意味で示唆的である。 ブルジュ・ベイティン遺跡は、アブラハムが祭壇を築いた場所で記念教会があったという伝承が存在したが、発掘前には中心に塔があるだけで、教会には見えなかった。しかし、調査の結果、塔の周囲から精緻に装飾されたビザンツ時代の教会堂(40mx28m)が出土した。同地の聖地化の流れを理解する上で重要であろう。さらに、その周囲からはマムルーク朝時代の建築も確認されている。 遺跡の利活用についても、案内パンフレットの作成等、現地考古局との協力が進んでいる。
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Strategy for Future Research Activity |
昨年度までの調査結果を踏まえ、本年度は以下の調査・活動を行なう。 ブルジュ・ベイティン遺跡では、まだ教会堂の構造の詳細に不確かな点があるので、調査を継続し、それらの確認を行なう。周辺地域の教会堂遺構や巡礼の記録などの文書史料との比較から、教会堂建築様式の確立や巡礼路整備の経緯などについての検討も試みる。塔に関しても、周囲の水利施設との関係をさらに調査し、十字軍国家の国家経営のあり方を検討する。塔とマムルーク朝時代の建物の関係も明確化し、同地の再イスラーム化の様相の理解にも努める。 また、これまで十分に調査ができていなかったテルの発掘を開始する。本年度は、特にアクロポリス部にトレンチをいれ、青銅器時代、鉄器時代の町の概観を把握する。ブルジュ・ベイティン遺跡にはアブラハムらを記念する教会があったのに、それ以前の痕跡が存在しなかったこと、一方、ネクロポリスでは青銅器時代や鉄器時代の墓が確認されていることを考えると、テルの調査はこれらの時代の性格を把握する上で不可欠だと思われる。 さらに、本年度はゴールデンウィークの時期にパレスチナの共同研究者を招いて国際シンポジウムを開催し、これまでの成果を公開することとなっている。また、現地調査班に加えて、青銅器・鉄器(聖書)時代、ビザンツ(キリスト教化)時代、十字軍・マムルーク朝(キリスト教・イスラーム相克)時代の研究会をそれぞれ立ち上げ、専門家集団による出土資料の解釈に取り組む予定である。 遺跡の利活用に関しては、調査の他に現地説明会の開催、案内看板やパンフレットの作成、遺跡の環境整備などを現地考古局との協力で継続する。また、パレスチナ自治区では、まだ十分考古学の調査技術が確立していないので、技術移転をめざして同地区考古局職員らを対象に講座を開講する。
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