2014 Fiscal Year Annual Research Report
秩序問題の解決法としてのサンクション行動の説明原理
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24330184
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
高橋 伸幸 北海道大学, 文学研究科, 准教授 (80333582)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 社会系心理学 / 社会的交換 / 進化 / ゲーム理論 |
Outline of Annual Research Achievements |
人類は、大集団で社会秩序を達成可能な唯一の種であり、このことは様々な学問分野で中心テーマとして取り上げられてきた。その中で、社会秩序を維持するメカニズムとして最もよく用いられてきたのがサンクションである。しかし、サンクションのコスト負担を巡る二次のジレンマ問題により、理論的にはサンクションは解決策たり得ないとされてきた。これに対し近年、実際に人々はサンクションを行使すること、そしてそれは一見非適応的に見えても実は適応的になる可能性が指摘され始めた。その中で最も注目を集めているのが「強い互恵性」である。強い互恵性とは、人間は協力には協力を、非協力には非協力を返すという互恵性だけではなく、それを超えて、たとえ自分が無関係な第三者であっても、自分にとってはコストがかかるだけで何の利益も得られない場合でも、サンクションを与えるという行動傾向である。強い互恵性研究は、様々なサンクション行動を引き起こす単独の心理的動機が存在するという前提に基づいている。これに対し、サンクションは自分の評判を高めるために行われるとする「評判説」を唱える研究者も存在する。サンクションは道徳的に望ましい行動であるため、他者の目を気にしてサンクションを行うと考えるのである。この点を検討するため、25年度には、社会的ジレンマ状況(SD)での罰行動に匿名性が及ぼす効果を検討する実験室実験を行った。その結果、匿名性の有無は罰行動に差を生み出さなかったが、匿名性のある状況では公平性の高い人が罰しやすいのに対し、匿名性のない状況ではむしろ罰を差し控えることが明らかになった。26年度には、罰に加えて排除という選択肢がある場合、罰行使は減少するかどうかを検討する実験を行い、排除を先行して経験する場合には、仮説通り、罰行使が実際に減少することを示した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
24年度はまずサンクション行動の個人内相関を検討する質問紙実験を行ったが、その結果があまり明確ではなく、サンクション行動は単独の共通する心理的要因によって引き起こされているかどうかという本研究の問いから更に遡って考える必要があることが示唆された。それは、そもそもサンクション行動の背後にはサンクションを行う共通した動機があるのかどうか、という点である。多人数での相互協力問題を扱う代表的な枠組みであるSDの研究では、SD行動は必ずしも単一の協力したいという動機により引き起こされるわけではないことが明らかになっている。同様に、サンクション行動も、動機以外の要因により引き起こされる可能性もある。この可能性を検討する実験を行い、確かに社会的動機以外の要因が罰行動に影響を与えていることが明らかにされた。また、罰行使の重要性は実験室内では誇張されており、他のサンクションの選択肢の方がより用いられやすいことも示された。これらの結果は、罰がそれ自体として相互協力達成に果たす役割に対して、根本的な疑問を投げかけるものである。では、罰は単なるアーティファクトなのかと言うと、そうとは限らない。人間社会においては、罰は実際にはほとんど行使されないにもかかわらず、重要な役割を果たしている可能性がある。今後はこの点を検討する必要が生じたため、当初の予定よりは遅れている。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの研究結果により、実験室で見られるサンクション行動には根本的な疑問が投げかけられることとなった。それは、これまで実験室において見られてきたサンクション行動は、それ以外に行動の選択肢が存在しないために現れているアーティファクトではないか、という疑問である。実際、一部の人類学者は、現在の小規模な狩猟採集社会では滅多に罰行動は見られないことを指摘しているし、ノーベル経済学賞受賞者である政治学者Ostromも、規範逸脱者に対しては言語による非難や仲間外れなどの手段が用いられることが多いと指摘している。これらのインフォーマルな相互協力維持メカニズムは、現代社会においてはその機能を失いつつあり、その代替物として中央政府によるサンクションが制度化されたと考えることもできる。従って、実験室で見られる個人対個人の罰行動は、無理矢理引き出されているものである可能性がある。しかし一方で、実験室内では罰行動が見られること、そして多くの研究者がそれを当然視してきたことは、罰行動が現実の解決策というよりは共有信念として存在している可能性を示唆している。実際、罰が行使されるとみんなが思っていれば、みんなが協力し、罰は実際には行使されないだろう。しかし、そのままではその相互協力状態は不安定で、罰が行使されるという幻想は非協力者が現れた途端に崩壊するはずである。ここで、その社会状態が崩壊しない仕組みを考えてみる。それは選択的相互作用である。選択的相互作用は進化生物学において協力状態を達成するための基本原理であるが、人間社会においてはその役割が十分に検討されてきたとは言いがたい。そこで本研究では今後、経済学における制度論を取り入れ、選択的相互作用により制度選択がなされる場合に、相互協力状態が維持されるかどうかを検討することにする。
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Causes of Carryover |
24年度には、複数のサンクションの間に行動の一貫性が見られるかどうかを検討する実験室実験に着手する予定であった。しかし、その前に行った質問紙実験の結果から、当初の計画通りの実験を行うよりも、そもそもサンクション行動がサンクションに対する選好により生じるのかどうかを検討する実験を行う方を優先すべきだとの結論に達した。そのため、24年度の後半の期間はその準備に費やし、当初予定されていた大規模実験のための費用は25年度以降に回すことになった。25年度にはその新たな実験を行ったが、24年度から繰り越した分を消化するには至らなかった。26年度には、他の選択肢がある場合に罰行動が減少するのかどうかを検討する実験を行ったが、やはり繰り越し分はまた次年度に繰り越されることになった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度は、制度選択という要因を導入することで、罰が実際には行使されないにもかかわらず、罰の可能性が存在するだけで相互協力が達成・維持されることを示す大規模な実験を行う。
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Research Products
(1 results)