2013 Fiscal Year Annual Research Report
三角格子反強磁性体における量子スピン液体状態の内部構造のNMRによる研究
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24340082
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
前川 覚 京都大学, 人間・環境学研究科(研究院), 名誉教授 (40135489)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
伊藤 哲明 東京大学, 工学(系)研究科(研究院), 講師 (50402748)
小山田 明 京都大学, 人間・環境学研究科(研究院), 助教 (60211835)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 物性実験 / 磁性 / 量子スピン液体 / 核磁気共鳴 / フラストレーション / 低温 |
Research Abstract |
本研究対象物質である有機量子スピン液体物質EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2において、前年度発見した圧力下での遅い電荷ダイナミクスを解明するために、本年度は13C-NMR核スピン緩和率T1-1と T2-1を15kbarまでの圧力下で測定し、この遅い揺らぎの圧力、温度依存性を明らかにした。その結果、遅い電荷揺らぎは金属-Mott絶縁体相境界で特異的に大きくなり、この系の相境界においては通常の1次Mott転移とは大きく様相が異なり、Mott絶縁体と金属状態が非常にゆっくりと揺らぐ電子状態が実現していることが強く示唆される。この結果は、常圧におけるスピン液体状態において、純粋なスピン自由度のみではなく電子自由度も重要な役割を果たしている可能性、ないしは乱雑性が電子状態・スピン状態に重要な役割を与えている可能性を示唆している。 一方、f電子系については新たな量子スピンフラストレート物質であるYbCuGeを見いだした。Ising的異方性を持つ三角格子反強磁性体であるこの物質はTN = 4K以下で反強磁性秩序を持つが、近藤効果のようなf電子系特有の異常がないにも関わらず、TNでのエントロピーがRln2の25%と非常に小さい。Cu-NMR実験により、秩序化した磁気モーメントはかなり縮んでおり、TNで臨界発散がなく、秩序相でT2-1は低温に向かって増大していくことを明らかにした。これらの結果は秩序相に低エネルギーの揺らぎが残り、量子性の効果が強いことを示唆している。一方、XY型三角格子反強磁性体であるCeZn3P3については、理論から予想される磁気相図が実現していることを見いだし、量子揺らぎが重要であることを明らかにした。これらの物質では、結晶場分裂によって実現した基底状態が有効スピン1/2の量子スピン系として振る舞っており、このような物質が希土類化合物に広く存在することを本研究によって明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題の直接の目的は三角格子有機量子スピン液体物質EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2におけるスピン液体状態の解明である。昨年度に、圧力下において特異な遅い電荷ダイナミクスの兆候が見いだされたため、本年度はこのダイナミクスの追及に注力した。その結果、この系のMott相境界においては通常の1次Mott転移とは大きく様相が異なり、Mott絶縁体と金属状態が非常にゆっくりと揺らぐ電子状態が実現していることが見いだされた。スピン液体実現においてはMott絶縁体性がどのようなものであるかという点が重要であると近年盛んに理論・実験両サイドから議論が進んでいるが、この結果により本物質のMott絶縁体性の特異さを浮き彫りにした。この結果はスピン液体波動関数の直接的解明ではないが、このスピン液体状態において電荷自由度とrandomnessが重要な役割を果たしていることを示しており、スピン液体状態理解の上で非常に重要な発見である。 希土類化合物における量子スピン系の典型例であるCeZn3P3について、磁気相図と各相における磁気構造を決定し、秩序相における量子揺らぎの重要性を明らかにした。また、新たに見いだしたYbCuGeは量子揺らぎによって秩序相における磁気モーメントが縮んでおり、量子スピン液体と反強磁性秩序の境界近くにあると考えられる。以上のように希土類化合物においても量子揺らぎが重要な役割を果たす場合があることを明らかにし、当初の研究目的は達成されつつある。これまでf電子系ではヘビーフェルミオンのような伝導電子と局在スピンの両者が絡み合った現象が興味の中心であったが、このようなヘビーフェルミオンにおいてもスピン間のフラストレーションが重要である場合があることが広く認識されてきている。本研究はこのような問題について新たな観点から光をあてるものである。
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Strategy for Future Research Activity |
EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2については今後、圧力下13C-NMRをより詳細に圧力を制御しながら測定する。これにより、MHz領域のダイナミクスを反映するT1-1とkHz領域のダイナミクスを反映するT2-1の詳細な圧力、温度依存性を求める。前年度の研究により見いだしたT2-1のMott転移圧力近傍での増大を引き起こしている遅い揺らぎが、圧力-温度相図上でどのように広がっているかを確定することが目的である。 また、EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2の常圧スピン液体相は、現在知られているもう一つの有機スピン液体κ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3と同様、低温でわずかなNMR線幅の増大が観測されており、微小な内部磁場の分布が示唆されている。磁場の大きさを変化させながらNMR線幅を観測し、線幅の磁場依存性を決定することにより、乱雑性がスピン状態に与えている影響についての結論的考察を行う。 f電子系三角格子反強磁性体における量子スピン液体状態近傍での磁気秩序状態については、YbCuGe、CeZn3P3、Yb2Pt2Pbを対象物質として磁気共鳴スペクトルより磁気構造を決定し、秩序状態におけるフラストレーションの影響を明らかにする。またスピン緩和率を測定し、秩序状態でのスピンンダイナミクスの異常についての情報を得る。特にフラストレーションによって秩序状態でも残っていると考えられる低エネルギー励起について情報を得る。スピンギャップを持つYbAl3C3については、非磁性基底状態から磁場によって誘起されると考えられる長周期のスピン秩序について磁気共鳴スペクトルによりその構造を明らかにする。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
世界的なヘリウム供給不足により、液体ヘリウム使用料金の値上がりが予想されるため、液体ヘリウムを使用する実験を慎重に精選し、また翌年度は補助金が減少することに備えた。 毎年度多額の使用料を必要とする液体ヘリウム使用代金に充当する。
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