2013 Fiscal Year Annual Research Report
行動計測・数理モデル・耳石化学分析によるクロマグロの分集団構造の解明
Project/Area Number |
24380104
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
北川 貴士 東京大学, 大気海洋研究所, 准教授 (50431804)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
伊藤 幸彦 東京大学, 大気海洋研究所, 准教授 (80345058)
白井 厚太朗 東京大学, 大気海洋研究所, 助教 (70463908)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | クロマグロ / 回遊 / 分集団 / 耳石 / 数理モデル / 小型記録計 / 酸素安定同位体 / 微量元素 |
Research Abstract |
今年度は,これまで検討してきた酸素安定同位体比に加え,クロマグロThunnus orientalisの耳石に含まれる微量元素の,分集団判別への応用可能性についての検討を行った。微量元素が,既知の海洋環境下でどのように,どの程度変動するのかを把握する必要があることから,分析には太平洋・日本海で生まれのクロマグロ当歳魚を用いた。東京大学大気海洋研究所にて,入手個体から耳石を摘出した。耳石の中心核を削りだしその化学組成をレーザーアブレーションICP質量分析法で測定した。測定した元素は,Li, Na, Mg, Mn, Cu, Zn, Rb, S, Baである。いずれの元素も耳石内で大きな不均質を示した。特に,いくつかの元素では核近傍で高い組成を示した。元素の組成の不均質は,日本海と太平洋の差異よりも有意に大きく,個体群判別の際に考慮が必要であることが示唆された。 耳石分析に加え,本年度は新たな試みとして日本周辺海域で採集された本種の筋肉の窒素安定同位体分析を予備的に行い,生息環境での本種の生態的地位の変化について検討した。成長指標として尾鰭アスペクト比を用いた。アスペクト比は尾叉長(FL)15 cm以下で平均値は3.2であったが,成長とともに増加し,FL50~55 cmで5.1となった。これは,本種の遊泳能力が当歳魚期の成長期に急速に高まることを示している。同位体比は,FL15 cm未満では平均値は+7.2‰であったが,成長ともに大きくなり,FL30~35 cmで+12.4‰となった。その後はFL60~65 cmまで一定の値を示した。これは本種が本州沿岸に来遊後,栄養段階が上昇したことを示しており,食性がプランクトン食から魚食性に変化するためと考えられた。本手法が本種・分集団構造解明のための有効な手段になりうることも示された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
耳石の化学分析においては大きな進展があった。耳石中に含まれる酸素安定同位体比が本種生息環境の温度指標になりうることを示した。特に扁平石では成長を経ても生息環境の温度指標として有用であることを確認した。また,耳石に含まれる微量元素(Li, Na, Mg, Mn, Cu, Zn, Rb, S, Ba)の,分集団構造の判別指標としての有効性について,天然の個体(日本海生まれ群および太平洋生まれ群)を用いて検討することができた。さらに本年度の新たな試みとして,耳石の化学分析に加え,日本周辺海域で採集された本種未成魚から得られた筋肉の窒素安定同位体比の分析を予備的に行った。その結果,本種は本州沿岸に来遊後,栄養段階が急激に上昇したことが明らかになったことから,本種が本州沿岸に来遊後,食性がプランクトン食から魚食性に変化するものと考えられた。窒素同位体比は,生息環境に生息する餌生物の同位体比を反映していることから,本手法が耳石中の酸素安定同位体比分析,微量元素分析とともに本種の太平洋における分集団構造解明のための有効な手段になりうることが示された。本成果を国内学会で発表することができた。現在は国際誌へ投稿すべく論文として取りまとめている段階である。数値モデル(シミュレーション)においては,別種で適用されている数値計算方法を参考にすることができ,次年度で展開する足がかりをつくることができた。以上の理由により,当初の予定通りの成果があがっているため,本研究はおおむね順調に進展していると判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
どれくらいの本種個体が,なぜ,どのように,東部太平洋に渡洋回遊を行うのかについては未だ謎のままである。東部太平洋は世界有数の湧昇海域であることから,西部に比べ海水の安定同位体大きく異なることが予想される。そこで,東部太平洋域で漁獲された本種の耳石酸素安定同位体の分析により,渡洋回遊履歴の検出を試みる。標本は米国モントレー・ベイ水族館チャールズ・ファウエル学芸員の調査航海で得た個体から得る予定である。不足分は築地市場でメキシコ産のものを購入する。比較のため渡洋回遊を行っていない当歳魚の耳石の分析も行う。両者の違いから,耳石に記録される渡洋回遊シグナルを明らかにする。 また今年度までに,耳石中の酸素安定同位体比分析に加え,微量元素分析・筋肉の窒素安定同位体比が本種・分集団構造解明のための有効な手段になりうることが示されたことから,これらの分析も同時に行う。ただし,微量元素については,測定した元素いずれも耳石内で大きな不均質を示したため,今後は,国内産の標本数を増やして分析を行い,変動要因を明らかにする。耳石のほか分析可能な硬組織部位の探査も行う。 本種はどういった契機で太平洋西部・東部間の移動を開始するのか,どれくらいの割合が移動するのかを新たに数理モデルを構築することで検討を行う。キネシス(無定位運動性)過程を核とした,魚種の生態に即した回遊モデルの開発が近年進んでいる。本研究では,流動・水温・一次生産に関する上述のFRA-JCOPE2 システムや衛星画像を環境条件とし,過去の記録計のデータ,今後放流する個体データと照合しながら上記の数理モデルを本種に拡張する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
以下の理由で次年度に使用額が生じた。(1)耳石の酸素安定同位体分析のために必要な本種標本の採集に関し,今年度は研究協力者である米国モントレー・ベイ水族館のチャールズ・ファウエル学芸員の東部太平洋海域での調査航海において,本種を採集することができなかった。また,標本不足分を築地市場で購入する予定であったが,本種の入荷時期が確実でなかったことから,購入には至らなかった。(2)数理モデルについては,モデルの構築に従事してくれる適任の博士研究員をが見つけることができず,雇用がかなわなかった。(3)小型記録計を本種生体に取り付けて放流して回遊状況を調べる調査は,天候・不漁等の問題で,今年度は実施できなかった。 耳石分析のためのクロマグロの標本の収集がまだ不十分である。そのため,標本の購入,本種採集調査,耳石の化学分析(酸素安定同位体・窒素安定同位体・微量元素)のための費用として使用していくつもりである。特に化学分析では分析にある程度の費用がかかることを見込んでいる。数理モデルについては,モデル構築のための諸費用に充てる。データサーバなどの購入を考えている。また,小型記録計を用いたクロマグロやそのほか近縁種の行動生態調査を行う予定である。そのための小型記録計購入費,傭船費用をはじめとした調査費用に充てる。特に小型記録計については,大量個体数を放流するため,ある程度の予算が必要となる。また,傭船日数についても複数必要となってくる。さらには新しい手法開発のための研究打ち合わせ,研究成果についての国内・国際学会発表のための旅費,論文の投稿料にも充てていきたい。博士研究員の雇用などにも充てる。
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