2012 Fiscal Year Research-status Report
インド精神医学史における疾病概念の変遷および宗教的実践と精神療法の関連
Project/Area Number |
24501240
|
Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
|
Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
森口 眞衣 北海道大学, 文学研究科, 専門研究員 (80528240)
|
Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2017-03-31
|
Keywords | インド医学 / 精神医学史 / 精神療法 / 仏教医学 / 瞑想 |
Research Abstract |
本年度において以下のような研究成果を得た。 (1)浄・不浄の概念についての研究成果:主要アーユルヴェーダ文献ならびにダルマ文献を調査し、食物と血に関する規定が古代インド社会においてどのように位置づけられていたかを検討した。いずれも「けがれ」に関連する概念であり、社会におけるタブーの対象として「精神障害者」との相関を視野に入れている。食物や血に関する「けがれ」は特定の行為によって除去可能であるという位置づけであった。このことから古代インド社会は異常・異質とみなされるもの対しては排除ではなく、むしろ社会への再復帰を指向していた可能性がある。また月経血と関連する出産規定の記述には輪廻の影響が確認できた。 (2)古代仏教の精神療法についての研究成果1:かつて精神分析の「阿闍世コンプレックス」と関連づけられた大乗経典の阿闍世王説話(ただし阿闍世コンプレックスの物語に相当する仏教経典は存在しない)では、阿闍世王の語る罪悪感が「自覚ー表出」という段階を経る「慚愧(ざんぎ)」の実践となり、本人の自己変革を促す経緯として提示されている。これに対し初期仏教経典の律蔵における阿闍世王説話の罪悪感体験は、母親の指導で「自己ー他者」へ視点転換を行うことにより、他者肯定・自己肯定を獲得して適応行動に至ることを目的とした対話が展開される内観的治癒機転として描写されている。 (3)古代仏教の精神療法についての研究成果2:初期仏教経典には「愛する者の死」や「家族間の軋轢」など、現代社会の対人関係においても重要な問題について、当事者が指導者的存在との対話や行動により視点を変化させ、思考のとらわれや歪みを修正していく図式の説話が、現在でいう精神療法の範疇で描写されている。 上記(1)は古代インド社会における精神障害の位置づけ、(2)(3)は仏教に関する精神療法の背景という本研究目的に対する実績である。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
現在までの成果は本研究の目的に対し、以下の理由から当初の計画を修正することなく次年度の研究に取り組むことが可能であると判断できるものであった。 (1)精神障害・精神障害者の古代インド社会における位置づけに照らした考察を行うため、インド医学文献およびダルマ文献と呼ばれる社会倫理規範集を対象に、衛生に関わるタブーの概念が古代インド社会においてどのように扱われているかを分析した。得られた内容は現在のところ仮説検証の裏付けのひとつとみなすことができる。従って次年度でも引き続き同仮説に基づいて、他の疾病における症状の描写・位置づけを検討する。 (2)宗教としての仏教が精神療法に多方面から影響を与えうる可能性を確認するため、仏教経典と精神療法の関連についての基礎調査として、初期経典の段階で精神療法的な側面がどのような形で描写されているかについて、説話記述を対象に分析を行った。説話での描写レベルは想定よりもやや浅かったものの、大きな逸脱はないという成果を得ている。現在実践されている精神療法の一部と関連する初期経典を調査する際には、実践手法を扱う記述が多く含まれるため文献の正確な読解が重要であること、また精神療法に関する具体的な技術の知識を更に充実させる必要があることを早期に確認できた。従って次年度では調査に備え、必要な知識の習得を想定した活動を行う予定である。
|
Strategy for Future Research Activity |
次年度では主に以下の点を中心に研究を推進する計画である。 (1)日本には森田療法や内観療法など、仏教的要素を持って成立した可能性が指摘されている複数の精神療法が現在も実践されている。また、インド由来の「ヨーガ」と、中国で発展し日本で集大成した「禅」とは、同時期に欧米へ紹介されて心理療法・精神療法に多大な影響を与えたとされている。その関係を明らかにするための予備的調査として、森田療法を中心に具体的な精神療法の中から仏教に関連する要素を抽出し、宗教としての仏教とどこに接点を持つのかを考察する。またアメリカで発達したMBCTを中心に、仏教の影響を受けた可能性のある精神療法の歴史的成立経緯について整理する。 (2)「スシュルタサンヒター」を中心とするインド医学文献から、てんかん・心身症・パーソナリティ障害など、現代の精神医学の対象となっている精神症状に関連する記載を幅広く抽出、描かれた臨床像を整理して疾病概念としての明確化をはかる。抽出記載がある程度まとまってきた段階で、症状がどの程度まで把握・描写されているのか、また症状がどのような疾病と連関した形で把握・想定されているのかについての考察を開始する。 (3)既に記述分析を着手している「グラハ」記載箇所はこれまで「憑依病」としての位置づけから統合失調症との関連を主に考察してきたが、新たに性格・人格の類型論という検討角度を追加して、インド社会において人間の性格がどのように扱われていたかという側面を考察する。またグラハの分類には神々の名称が多く用いられていることから、宗教的概念と医学的概念との接点について検討を進める。
|
Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
該当なし
|
Research Products
(7 results)