2013 Fiscal Year Research-status Report
ハイデガーにおけるエートス論の展開と医学哲学への応用についての研究
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24520023
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Research Institution | Nara Medical University |
Principal Investigator |
池辺 寧 奈良県立医科大学, 医学部, 講師 (00290437)
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Keywords | ハイデガー / 痛み / 患者 / 医学哲学 |
Research Abstract |
25年度は痛みを主題にした研究を行った。従来のハイデガー研究では、痛みが主題的に取り扱われることはあまりない。だが、ハイデガーは断片的ではあるが、痛みについて随所で言及している。痛みはハイデガー哲学を読み解く視点になりうる主題である。なお、 ハイデガーにおける痛みの問題についての文献内在的な研究や、人間にとっての痛みの意味についての研究は助成金交付以前にすでに実施している。それゆえ、25年度は先の研究成果を踏まえ、痛みと医療の問題に取り組んだ。 ハイデガーは痛みを「裂け目」と特徴づけている。というのも、ひどい痛みに襲われると、われわれは人としての統合性が脅かされることになるからである。患者はこのことを医療者に伝え、理解を求めようとする。ところが、痛みはきわめて個人的・主観的な体験であるため、痛みを言葉で表現し他者に伝えることは困難である。医療者が患者の痛みの体験を理解できたとしても、それはせいぜいおぼろげな断片でしかない。医療者はおぼろげな断片を客観的なデータとすることができない。そのため、患者の体験を無視しがちである。しかし、患者の体験を受けとめようとしない医療は十全な医療とはいえない。 人間は、自己のうちに人間らしい生活を妨げる痛みを抱えた存在である。ハイデガーも人間を「喜びと痛みの間」を生きる存在と捉えている。痛みは人間の生に不可欠な構成要素の一つである。そうであるかぎり、痛みの除去・緩和は、一方では医療の重要な役割であるが、他方では人間であることの根源を否定しかねない営為である。医療に求められるのは人間らしい生活の維持・回復であって、痛みの除去・緩和はあくまでその手段である。医療の原点は痛みを取り除くことにあると言われるが、むしろ、人間であるかぎり痛みから逃れられないことにある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
25年度に取り組んだ主題は人間における痛みの問題である。「研究実績の概要」の欄に記したように、痛みについての研究は助成金交付以前にすでに実施しており、「ハイデガーと痛みの問題」(『シェーラー研究』第2号、2009年3月)、「痛みの意味と医療」(『医療と倫理』第9号、2013年3月)と題した論文を公表している。そのため、痛みを研究の主題とすることは研究実施計画に挙げなかった。だが、ハイデガー研究においても、医学哲学の分野においても、これまで痛みの問題は十分に論じられてきたとはいえない。痛みの問題は、ハイデガーが人間をどのように捉えているのかを考えるうえで、また医療のあり方を考えるうえで、欠くことのできない主題である。ハイデガー哲学の医学哲学への応用という本研究課題を遂行するうえで欠かせない主題であるゆえ、25年度は痛みと医療の問題に再度取り組むことにした。 当初の計画通りには進んでいないという点で、25年度の研究の進捗状況は「やや遅れている」と自己評価した。研究計画に変更が生じたが、研究そのものは「研究の目的」に沿って進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
25年度は研究計画を変更して研究を進めたため、研究の進捗状況にやや遅れが生じたが、研究最終年度である26年度は、エートスと技術という観点からハイデガーの技術論の研究に取り組み、研究の遅れを取り戻すことに努める。本研究ではハイデガーの技術論を、医療技術を基礎づける技術論という観点から取り上げることにする。そのことによって、ハイデガー哲学の医学哲学への応用という本研究課題を遂行することにする。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
25年度未使用のため、次年度使用額となった金額は6,155円である。少額を使い切ることができず、若干の未使用額が生じてしまったが、25年度の所要額はほぼ計画通り使用した。 26年度も、24年度、25年度と同様、研究費は主に図書の購入(物品費)と旅費に充当する予定である。購入を予定している図書は主に「ハイデガー哲学関係図書」と「医学哲学・医療倫理学関係図書」である。その他にも必要に応じて、現象学・解釈学、ギリシャ哲学、看護哲学・看護倫理学などに関連する図書を購入する。
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