2013 Fiscal Year Research-status Report
瑜伽行派における、空・無我の思想と利他行・衆生救済の関係に関する考察
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24520050
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
高橋 晃一 東京大学, 人文社会系研究科, 特任研究員 (70345239)
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Keywords | 瑜伽行派 / 菩薩地 / 解深密経 / 瑜伽師地論 |
Research Abstract |
本研究は、瑜伽行派の最初期の思想を伝える文献である『菩薩地』の第三章「自利利他品」と第八章「力種姓品」の分析を通して、無我思想と大乗仏教の利他行の思想の関係を考察することを目的としている。 H25年度は、主に次の三点を成果としてあげることができる。(1)上述の二つ章のサンスクリット原典テキストに関する基本的な校訂作業を終えた。(2)上述の二つの章に関する下訳を終えた。(3)『菩薩地』と関連する重要な文献である『解深密経』について、その成立に関する考察を行い、定説に対する疑義を提示した。 (1)について、今後は校訂テキストの精度を高めるために、さらに検討する予定である。なお、テキストは今後の活用を考えてXMLによる電子化を行う予定である。現在、そのための方針を検討している。 (2)について、翻訳作業は、H24年度に引き続き訳の推敲と注釈の充実を目指して作業を進めた。特に第八章「力種姓品」はこれまで訳注研究がないため、これ自体が成果と言える。 (3)について、従来指摘されているように、『解深密経』は前半の「勝義諦相品」には『菩薩地』のvastuに関する思想との関係が見られる。しかし、それに続く章との内容上のつながりは明確でない。これまでの定説では、『解深密経』は、個別の小経を寄せ集め、編纂された経典と考えられており、各章同士の内容には連続性がないものとみなされてきた。H25年度はこの編纂成立説の根拠を再検討し、従来根拠とされてきた事柄が、必ずしも編纂説を指示しないことを明らかにした。これにより、『解深密経』の思想は全体的に内容を見直すことが必要となる。こうした問題を提起するという点でも、重要な成果と考えている。また『解深密経』全体を貫く思想を明らかにすることは、『菩薩地』の思想を解明するためにも重要な意義があると考えている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
H24年度は、やや研究が遅れていたが、H25年度は当初予定していた内容にほぼ近い状況となった。加えて、当初は予定していなかった『解深密経』の考察を行ったが、こちらの方は従来の定説に再考を促すに足る成果を上げることができた。 当初の主たる課題であった「自利利他品」と「力種姓品」は、宗教哲学的な観点からすると、その思索内容は不十分な面もあり、この素材でだけで衆生救済に関する思想を論じることは難しい点も否めない。しかし、H25年度は、『解深密経』の思想を考察対象に加えることで、考察の幅が広がったと言える。 『菩薩地』記述は思索的ではないとは言え、利他行に関わる内容を詳しく記している。それに対して、『解深密経』は、他者救済に関する実践的な方法を主題としてはいないが、修行者としての菩薩そのものに重点を置き、修行方法とそれを裏打ちする哲学的な思索について論じている。両者は単純に比較できる文献ではないが、全く関係がないわけでもない。『解深密経』の全体を貫く包括的な思想を分析し、整理することは、『菩薩地』の思想を理解するための手掛かりともなりうる。 このような重要な文献である『解深密経』について、厳密な文献学的考察のための準備を終えたことは、『菩薩地』の思想内容の研究に対しても、重要な進展であったと言える。
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Strategy for Future Research Activity |
当初の計画に従って、『菩薩地』「自利利他品」と「力種姓品」の研究を進めてきたが、これらの思想的意義を明らかにするには、他の文献資料との比較検討は不可欠である。H25年度に引き続き、H26年度も『解深密経』の思想に関する検討を行い、『菩薩地』の理解を深めるための一助とする予定である。 『解深密経』の思想的立場は、従来の仏教思想を瑜伽行派の視点から捉えなおし、その内実を明らかにしていこうとする傾向が見られる。そのため、伝統的の教説を受け取るうえでの姿勢や、大乗という視点に立った菩薩の修行、空思想の解釈、仏陀観などが重要な問題となっている。『菩薩地』では、菩薩は何をすべきかという実践的な観点で衆生救済の方法が具体的に記述されているのに対して、『解深密経』は、菩薩はいかなる存在かという問題を意識し、哲学的な思索を深めている印象を受ける。言い換えれば、『解深密経』は、単なる菩薩の実践について述べているというよりは、菩薩の内面について記述しているものと考えられる。 この差が、思想的な発展を意味しているのか、未だ不明ではあるが、H26年度は『解深密経』の思想を、『菩薩地』の内容を補完するものとして比較対照しつつ、『菩薩地』の衆生救済に関する菩薩の態度を明らかにすることを目指す。それと同時に、そこから菩薩の倫理思想を読み解くことを試みる。
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Research Products
(2 results)