2012 Fiscal Year Research-status Report
バルトリハリ言語哲学の原像と虚像―『ヴリッティ』と『ティーカー』の比較研究
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24520053
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Hiroshima University |
Principal Investigator |
小川 英世 広島大学, 文学研究科, 准教授 (00169195)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | バルトリハリ / プラティバー / 知の閃き / 直観 / インド言語理論 / 文 / 文意 |
Research Abstract |
本年度は、バルトリハリが提示する八つの文定義のうち定義3<語の集合体に存在する普遍>、定義4<単一で部分をもたない語>、定義6<知識による単一化>が措定する文意である「直観」(プラティバー)の概念の検討を他定義の検討に先行して行った。 従来世界的に、バルトリハリは個別的にバラバラに理解された文を構成する語の意味が「直観」によって無部分の全体として統合されると主張し、この意味で「直観」を文意とみなしていると信じられて来た。そのある種の信仰の根拠はVP2.143とそれに対する『ティーカー』であった。本研究はこの信仰に真っ向からチャレンジした。以下の点を解明した。1)バルトリハリにおいて「直観」は行動論の枠組みにおける、所期の目的達成のための行動を支配する「これをこれによってこのように為すべし」という形の知である。2)この「直観」は始まりのない過去からの言語運用の繰り返しが植え付けた潜在能力(言語能力)という種子の発芽である。3)この「直観」は言語的コミュニケーションにおいて例えば「火事だ」と言われた際にたちどころに消火の活動、脱出の活動を起こすことを説明する。4)プニアラージャは、VP2.117においてバルトリハリがいかなる文も「直観」の原因となると主張していることに基づき、上記3)の線で文の最終的な意味は「直観」に帰着するというのがバルトリハリの見解であると考えた。5)よって従来のバルトリハリの文意理解は、我々の「誤読」に起因する。6)一方、プニアラージャの4)の解釈も第1巻『ヴリッティ』が論ずる「直観」論より見て適切なものとは言えず、バルトリハリは「直観」自体が文意、すなわち1)で言及した文の意味の知であるとしている。 これらの成果は、バルトリハリ文意論の信仰を根底的に打ち砕くものであり、従来のインド文意論研究に深刻な変更を迫るものである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究は、1.バルトリハリの核心的文論の原像を明らかにし、2.『ティーカー』はバルトリハリ文論の虚像を提示していること、3.よって、バルトリハリ文論は『ヴァーキャパディーヤ』と『ヴリッティ』との一体的読解によってのみ理解されるべきことを明らかにすることを具体的目的とする。本年度はプニアラージャにより文意とされる「直観」に焦点を当てた。 バルトリハリは第2巻「文論」においては、VP2.117-118、143-152において「直観」を論ずる。「自注」『ヴリッティ』はVP2.152に対するもののみが残されている状況である。この状況を如何に克服するかが本研究にとっての大きな問題であった。そこで本研究は、マンダナミシュラの『ヴィディ・ヴィヴェーカ』、ボージャの『シュリンガーラ・プラカーシャ』が論ずる「直観」論を検討した。その検討の結果、マンダナミシュラがバルトリハリの「直観」を極めて正確に理解していること、ボージャの「直観」論からまさに失われたVP2.143-151に対する『ヴリッティ』が回収可能であること、これらが判明した。特筆すべきはこの第2点である。夙に知られるように「ヴリッティ」は難解である。しかし、当該回収『ヴリッティ』は完全に読解できたものと考える。この読解の成功が本年度の研究目的達成に大きく資するものとなっている。
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Strategy for Future Research Activity |
イ・ジェヒョン(バルトリハリ時間論、広島大学大学院)、川村悠人(インド詩論・文法学、広島大学大学院)、友成有紀(学振PD、東京大学から広島大学へ転属)、石村克(インド真理論、広島大学大学院)、尾園絢一(ヴェーダ学、東北大学文学研究科助教)を主たる研究協力者として、2012年度は3回の研究会を開催したが、彼等との研究会が極めて本研究に有効に機能していることが実証された。2013年度も彼等との研究会を本研究推進の母胎として行く。 2012年度は、平成26年度に実施を予定していた「直観」の考察を先行実施した。それは、「日墺共同国際シンポジウム 伝統知の継承と発展―インド哲学史における“テキスト断片”の意味をさぐる」(信州大学松本キャンパス、2012年8月20日~24日)と本研究をリンクさせるためであった。ボージャの言及する「直観」論を『ヴリッティ』断片に基づくものと位置づけた。 今後の研究計画にこのことは大きな変更を迫るものではない。重要なのは、「直観」研究を十全なものとすることである。そのために「直観」の問題としてバルトリハリが第1巻で論じる「形而上学的直観」を視野に入れるべき必要が生じた。極めて難解である。しかし、文論の本質的問題を孕んでいることは確かである。副注『パッダティ』を利用して徹底的な解析を行う。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
(1)状況 2012年度は計3回の研究会を広島で開催したが、研究分担者として参画している「インド哲学諸派における〈存在〉をめぐる議論の解明」(科研A(一般))との有機的な連携により、研究会開催費用(旅費他)が合理的に使用できたため、次年度使用研究費が生じた。 (2)使用計画 平成25年度の研究計画として国際インド哲学者会議(ワルシャワ大学主催)への参加が予定されている。可能な限りの人数の研究協力者に同国際会議での研究発表を可能ならしめるために、(1)の次年度使用研究費を使用するものとする。
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