2012 Fiscal Year Research-status Report
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24520066
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Niigata University |
Principal Investigator |
青柳 かおる 新潟大学, 人文社会・教育科学系, 准教授 (20422496)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | イスラーム / 生命倫理 / 医療 / ガザーリー |
Research Abstract |
生命をどこまで人為的に操作してよいかという生命倫理の問題は、社会的に大きな要請のある極めて重要な分野であるとともに、イスラーム思想史研究において未開拓の分野でもある。現代のイスラーム世界では、どのような生命倫理の議論がなされているのか、前近代までの伝統的な古典の死生観とどのように関係しているのか。 私は、現代イスラームの生命倫理の諸問題の中でも、避妊や中絶といった出産や女性に関する領域について、二大聖典コーランとハディースおよび神学書、医学書などの古典文献の死生観との比較・検討を行ってきた。 2012年度は、これまでの研究を継続し、とくに初期胚の問題に焦点を当てて、避妊、中絶、さらに再生医療の分野で、初期胚から作成されるES細胞についても検討した。また、脳死と臓器移植、iPS細胞、クローンなどの先端医療に関して、現代のムスリム思想家による生命倫理の文献およびウェブサイトを検討した。 具体的には、古典文献として、コーラン、ハディース、さらにイスラーム思想史上最大の思想家の一人であるガザーリーの著作などアラビア語原典を参照し、また現代の文献として、著名なイスラーム法学者(ウラマー)のカラダーウィーやシャアラーウィー(テレビ説教師)、歴代のエジプト・アズハル機構総長(マフムード・シャルトゥート、タンターウィーなど)、インド系ムスリムの宗教学・生命倫理学者のサチェディーナ(ヴァージニア大学教授)の文献やウェブサイトを分析した。 さらに、初期胚や先端医療の分野について、イスラームのみならず、他宗教、とくにユダヤ教とキリスト教(カトリック)との比較を行った。研究成果については、研究会で発表するとともに、論文にまとめた。また、オックスフォード、ロンドンにおいて、関係する文献を収集した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
私は、古典イスラーム思想の典拠の影響や解釈に着目しながら、初期胚から作成されるES細胞を出発点として、再生医療、脳死・臓器移植、クローンといった現代医療に関する生命倫理の文献やウェブサイトを幅広く読解・分析した。また、イスラームのみならず、ユダヤ教やキリスト教の先端医療に関する見解と比較できたことは大きな成果だった。 具体的な比較研究の成果は、以下のようにまとめられる。 ES細胞の倫理的問題を解決する技術として、受精卵を用いないiPS細胞がある。これについてはまだ議論が多くはなされていないようであるが、管見の限り、イスラーム、カトリック双方において反対意見は見られなかった。iPS細胞はES細胞が抱える初期胚の破壊という倫理的な問題を解決するものであり、作成に関して問題はない。しかし今後は、iPS細胞作成後、人間と動物の混ざったような存在を作ってもよいのか、また精子と卵子に分化させ、そこから個体を作ってもよいのか、といった諸問題を議論する必要がある。 クローンについては、イスラーム、カトリック双方が、人間の個体のクローンを作ることには反対している。ただし、核を受精卵に入れてヒトクローン胚を作ることによってES細胞を作る技術開発については、イスラームは認めていた。一方、カトリックはヒトクローン胚作成には反対の立場である。この違いは受精卵が人間か否か、という立場の違いに帰着するといえよう。 脳死と臓器移植については、イスラームもカトリックも認めている。ただし、イスラームのほうは、先端医療を推進したいイスラーム諸国政府の意向が反映している可能性があり、心臓停止を人の死とする考えも根強いようである。カトリックについては自分の身体を他人に差し出す行為が英雄的行為とみなされている。しかし、人の役にたってこそ存在の価値があるという考え方が優生思想に結びつくといった批判もある。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、さらに安楽死、尊厳死、ターミナルケアといった終末期医療の問題について取り組むべきだと考えている。命の始まりのみならず終わりをも念頭に置くことによって、生命観を総合的に理解できるはずだからである。 まず、コーラン、ハディースにみられる死や死後の記述を分析する必要がある。さらにガザーリーなどの古典思想家の文献にみられる死の議論を渉猟し、分析する。続いて、現代のウラマーによるファトワーなどの文献やウェブサイトにおいて、脳死、自殺、安楽死、尊厳死、ターミナルケア、延命治療などに関する見解をまとめたい。キリスト教の終末期医療やホスピスなどについても調べる必要がある。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
本研究は、文献学研究なので、一次資料及び二次文献の収集は必要不可欠である。そのため、文献購入費に多くの研究費を使用する予定である。イスラームのみならず、キリスト教などの他宗教、さらに生命倫理のみならず、関連する周辺分野についても幅広く収集したい。また、文献収集や研究者との意見交換のための、外国旅費、国内旅費にも使用したい。パソコン周辺機器といった消耗品にも使用予定である。
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