2012 Fiscal Year Research-status Report
精神分析と左翼思想―その接近と断絶をめぐる思想史的研究
Project/Area Number |
24520086
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
立木 康介 京都大学, 人文科学研究所, 准教授 (70314250)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | フランス / ドイツ / アメリカ / 精神分析家 / 教育分析 |
Research Abstract |
本研究の目的は、1920年代から今日に至る、精神分析と左翼思想のあいだの接近と切断のプロセスを、歴史的・社会的・思想的文脈から再検討・再構築することである。本年度は、1920年代のベルリンを中心とするドイツでの動き、および、1960年代を中心とするフランスでの流れを詳細に辿ると同時に、それに加えて、ヨーロッパと全く異なる発展を遂げたアメリカ精神分析の歴史を概観した。ドイツ、フランス、アメリカの三国は、本研究の三つの大きな柱であり、そのそれぞれにおける精神分析史の諸相を並行して調べることができた意義は大きい。ドイツについては、1920年開設のベルリン精神分析インスティテゥートにおいて、精神分析と社会主義思想の接合を試みたKinder-Sminar(若手セミナー)に参集した分析家たち(とりわけE・ヤーコプゾーン)の足跡を辿った。そこから見えてくるのは、ナチズムによる精神分析の破壊の具体的なプロセスである。フランスについては、ジャック・ラカンが1960年代後半に自らの学派に「パス」(有資格分析家の認定システム)を導入する際の経緯および論理を多方面の資料から描き出すことを試みた。それによって、この制度的仕組の導入そのものが、「ラカン派」誕生以前のいっさいの精神分析家訓練制度と、それらの制度において特権化されてきた「教育分析家」の権威の転覆であるという意味において、いわばラカンにおける「1968年5月」であることが明らかにされた。こうした点は、少なくとも我が国のいわゆる「ラカン研究」において、これまで奇妙なほど看過されてきた。その点を論証した本研究の意義は小さくない。アメリカについては、精神分析の医学化が、その左翼化を抑止する機能を果たしたことを浮き彫りにした。これらの成果の多くは、2013年4月に雑誌『思想』に掲載される二つの座談会に盛り込まれ、それをつうじて公表された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成24年度には、調査、資料収集、資料解析といった本研究の基本作業が円滑に進められただけでなく、与えられたいくつかの機会を利用して、本研究の成果をタイムリーに発表することができた。それらの機会とは:1/人文科学研究所における公募型共同研究「ヨーロッパ現代思想と政治」(市田良彦班長)における研究発表(9月)、2/名古屋大学における講演会「精神分析の射程II―後期資本主義社会のメディア、文化、イデオロギー」(9月)、3/雑誌『思想』の特集「無意識の生成とゆくえ」のための座談会(平成25年4月刊行)である。 その反面、9月のヨーロッパ出張では、ベルリンの主な調査スポットであったフンボルト大学医学史研究所への訪問が、先方との連絡の不調から、同研究所の移転時期と重なってしまい、予定されていた調査を十分に行うことができなかった。反省すべき点として銘記したい。ただし、研究を遂行する途上で、もともと現地に保存されている資料が僅かしかないベルリン精神分析インスティトゥートの諸活動については、1930年代に渡米した分析家たちのオラル・ヒストリーが、それぞれの分析家の活動拠点となった協会を中心に全米各地に保存されていることが判明した。これらは一級品の資料であり、平成25年3月のアメリカ出張では、ニューヨーク精神分析協会図書室をはじめとするアーカイヴでそれらの一部を転記することができた(これらの資料は複写不可である)。これらの資料は過去にまったく日本人研究者の目に触れておらず、本研究はこれらを用いる文字通り先駆的な試みであると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は基本的に文献研究であるため、今後の推進方法もこれまでと変わらない。調査・収集した資料および文献の解読、整理、データベース化を中心に進める。 平成25年度は、主として、1/「精神分析家の政治的中立」という原則が1930年代にヨーロッパ(とりわけドイツ、イギリス)においてもった意味、2/ 68年5月に前後する時期にラカンが行ったマルクスへの言及の理論的射程、3/ 同時期のフランスにおいてラカン派に吸収された、もしくは接近した左翼知識人の行動とその軌跡、というサブテーマに取り組みたい。フランスおよびドイツへの渡航に加え、第二次世界大戦以前のドイツ精神分析に関してアメリカに存在する資料に当たる必要があることが判明したため(上記「現在までの達成度」欄参照)、引き続きアメリカへの渡航が欠かせない。また、比較的近接の歴史的問題(上記2および3のテーマをめぐる)について、報告者一人の力では打開できない局面が予想されるため、海外から研究者を招聘し、講演やワークショップの形で情報提供を求めるプランも想定している。 平成26年度には、残る課題(左翼思想家がラカンから受けた影響、および彼らからラカニスムに向けられた批判の総体の明確化、マッカーシズム下の精神分析の動向についての調査)を遂行し、全体をまとめ上げる作業に向かう。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
図書費400,000円、海外渡航費400,000円、外国人研究者招聘費400,000円、および雑費100,000円を予定している。
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Research Products
(6 results)