2012 Fiscal Year Research-status Report
近代日本の<民間伝承>による<民族文化>の創成――柳田國男のハイネ受容
Project/Area Number |
24520211
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Gifu University |
Principal Investigator |
林 正子 岐阜大学, 地域科学部, 教授 (30198858)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 民間伝承 / 民族文化 / 近代日本 / 柳田國男 / ハインリヒ・ハイネ / 民俗学 / 森鴎外 / 高山樗牛 |
Research Abstract |
民俗学の文学的テクストの考察をとおして、近代日本の自己探究による〈民族文化〉創成のプロセスを明らかにすることを目的とする本研究課題「近代日本の〈民間伝承〉による〈民族文化〉の創成――柳田國男のハイネ受容」において、平成24年度は、〈民族〉〈民俗〉〈民間伝承〉〈民族文化〉という一連の鍵概念を規定するために、柳田國男以前および同時期におけるハイネ受容について、とくに森鴎外を対象とする以下の2編の論考を発表した。 「森鴎外 日本の〈エートス〉を求めて ドイツ体験による精神の閲歴」(神田由美子・高橋龍夫 編著『渡航する作家たち』(翰林書房 2012年4月20日発行)所収 9~20頁)では、鴎外の「ドイツでの留学生活」「鴎外が交渉をもった19世紀ドイツの社会と文化」「日本の〈エートス〉を求めて――鴎外のドイツ体験による精神の閲歴」「ドイツに関わる鴎外作品」について論じた。 「〈エクソフォニー小説〉としての『舞姫』――実体験の〈翻訳〉という創作」(清田文武 編著『森鴎外『舞姫』を読む』(勉誠出版 2013年4月15日発行)所収 32~57頁)では、鴎外が「エクソフォニー」(母語の外に出た状態)に身を置く体験を通して展開した営為そのもの、すなわち、「母語の外」であるドイツ体験を通して自己像を獲得し、その自己像を相対化することで作品化している側面に注目し、〈異郷〉と〈故郷〉のせめぎ合う〈翻訳〉の場としての作品を探索した。関連して、日本比較文学会第33回中部大会シンポジウムにおいて、「森鴎外の〈異郷〉体験と〈自己像〉獲得」と題する口頭発表をおこなった。 また、日本近代文学会東海支部第46回研究会シンポジウム「鴎外文学の水脈」において、「鴎外による〈民族精神〉と〈国民文化〉の追究――〈民族〉と〈民俗〉の関係性を視座として」と題する口頭発表をおこない、本研究課題の鍵概念についての考察を深めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
従来の研究課題「近代日本の〈民族精神〉による〈国民文化〉の系譜――ドイツとの比較を視座として」を踏まえ、ドイツと日本における民俗学的研究が、第一次世界大戦後に隆盛をきわめる状況や背景についてさらなる考察を進め、〈大日本帝国〉の安定期に生成した日本民俗学が、近代文明の弊害に対する危機感によって、〈民間伝承〉を担う〈常民〉としてのアイデンティティの再確認という意図で展開されていることを確認できたこと、また、柳田國男以前ないしは同時期の作家・文学者におけるハインリヒ・ハイネからの影響を概観し、近代日本のハイネ受容史における柳田國男のハイネ受容の位相を把握するための手順として、森鴎外による〈民族精神〉と〈国民文化〉の追究のあり方について、鴎外のドイツ留学体験や『舞姫』『妄想』をはじめとする作品分析による論考を集中的にまとめることができたことから、「おおむね順調に進展している」との達成度とした。 しかしながら、本研究課題の中核をなす、ドイツにおける民族至上主義の台頭や、民俗学的研究の隆盛を確認することで、柳田民俗学におけるハイネ受容の意義を論じるには、まだ道半ばである。柳田國男が創出した「一国民俗学」と、ドイツ民俗学の共通点を検討し、ハイネからの〈民族〉概念の受容を考察することで、柳田民俗学をとおしての日本人のナショナル・アイデンティティ追究の軌跡を明らかにすることが、今後の課題となっている。 すなわち、柳田の受容したハイネが、〈土着的な詩人〉であると同時に〈民族的なもの、ナショナルなもの〉に無縁ではなく、その〈反ユダヤ的ドイツ民族主義〉との対峙が自己探究をもたらしていること、結果的に、ハイネにおいては、民族的な要素が人間存在の土台と不可分に絡まりあっていることを明らかにする課題が、次年度に向けて残されている。
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Strategy for Future Research Activity |
当初の研究課題である『ドイツ・冬物語』をはじめとする作品を対象として、ハインリヒ・ハイネにおける〈民族主義〉〈民間伝承〉の意義を明らかにし、柳田民俗学の萌芽期に位置づけられる「幽冥談」(「新古文林」明治38年9月)のみならず、その本質の体現である柳田の『民間伝承論』(共立社 昭和9年)・『郷土研究の方法』(刀江書院 昭和10年)等を考察することによって、近代日本における〈民間伝承〉から〈民族文化〉の創成のプロセスをたどる。民俗的な個々の慣習や行事が〈日本民族〉の全体性の根拠のように扱われ、〈民俗学〉が〈民族学〉にすり変えられてゆく潮流を追尋し、柳田民俗学における〈民俗〉と〈民族〉の関係性の構築ないしは仮構の実態を明らかにする。 具体的な方法として、ハイネ『ドイツ古典哲学の本質』に示されているような、キリスト教以前の〈民間信仰〉に対しての「詩人のみに許される温かな共感」から、柳田の『民間伝承論』への影響を考察するとともに、〈学者〉と称される人々へのハイネの違和感が、「史官の選択しただけの範囲の歴史」に満足せず、そのいわゆる「書契以前」の研究によって歴史の欠陥を補おうとした柳田の姿勢に与えた影響についても論究する。 さらに、次年度は、ハイネ『ロマンツェーロ』の序詞を掲載する高山樗牛の「わがそでの記」(明治30年)を考察対象とし、柳田以前のハイネ受容の典型を確認する。 また、〈民間伝承〉の由来、〈民族文化〉創出のプロセスを明らかにするために、民俗学が〈民間伝承〉を題材とする研究であることを鮮明に表明した高木敏雄の業績について、雑誌「郷土研究」の言説から把握するとともに、柳田國男『民俗学辞典』(1951年)、和歌森太郎『日本民俗事典』(1972年)、福田アジオ『日本民俗大辞典』(2000年)における規定をもとに、〈民俗学〉の辞書的定義変遷の調査を進める。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
該当なし
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Research Products
(4 results)