2012 Fiscal Year Research-status Report
大正・昭和期において象徴主義の形成を果たした各種出版物の研究
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24520246
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Kyoto Notre Dame University |
Principal Investigator |
長沼 光彦 京都ノートルダム女子大学, 人間文化学部, 准教授 (70460699)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 日本近代文学 / 日本近代詩 / 象徴主義 / 出版物 |
Research Abstract |
当該年度に実施した研究成果は、大きく分けて2点である。 第1点は、民衆詩派と呼ばれた詩人たちによる、象徴主義評価の実態研究である。かつての日本近代詩史研究では、民衆詩派の詩人が、蒲原有明ら明治期の初期象徴詩人を、詩語が晦渋だと批判した事例だけが強調されていた。だが実際には、民衆詩派に含められる白鳥省吾の『現代詩の研究』(1924)や福田正夫の『自由詩講座』(1929)で、詩に必要な人間内面のイメージ化された表現として重んじられている。さらに象徴詩の内面イメージは、分かりやすい口語表現に置き換えられることにより普遍性を持つとされている。調査した諸文献から、本研究の目的である、象徴主義と民衆詩派の主張との間の関連性を確認し、民衆詩派の理論へ積極的に取り込む事例を発見することができた。また、象徴主義の芸術性を、口語詩の大衆性と接続する、芸術が大衆化する実態の一例を確認できた。 第2点は、象徴主義関連の限定本出版の実態研究である。限定出版は、芸術の希少性を出版物の大衆性と共存させる方法である。限定出版のいくつかを調査し、造本・装丁の多様性を確認した。大正期には、日本の化粧箱を模したと思われる函を使用したもの、本文に和紙を用いたものなど、西洋の翻訳詩に和風の意匠を持ち込んだものが見られる。単純な西欧崇拝ではなく、日本固有の文化との融合を図ったものと思われる。これらは、当時の日本回帰の傾向と軌を一にしている。また、詩集は元々発行部数が少ないため、地方では、希少な発行物として扱われていたという事例が、詩人の回顧記事から確認された。 以上で調査収集した書籍は、書誌情報を一覧にし、データベース構築の準備を進めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該年度の研究計画にあげた2項目を実施した。1つめは「民衆詩派を中心とした資料収集」、2つめは「限定本などの出版物の調査」である。 上記【研究実績の概要】に記したように、「民衆詩派資料」は、予定した資料の多くを収集調査でき、具体的な実物調査ができた。また、研究テーマの「芸術と大衆性」に関わる発言を集めることができた。さらに、資料に引用された文献や広告を参照することで、関連書籍を発見することができた。例えば、土田杏村『象徴の哲学』(1919)、田中王堂『象徴主義の文化へ』(1924)など、批評や学会関連の書籍は、象徴という語の広がりを確認する資料となる。また、フランス象徴主義に影響を与えたポーの翻訳が、若目田武次訳『ポウ詩集』(1922)、佐藤一英訳『ポオ全詩集』(1923)、伊藤喬信訳『ポウ全詩集』(1926)など、同時期に発行されていることは、一定の読者層の象徴主義に対する興味を裏づけるものである。次年度に予定する、アカデミズムや翻訳の中の象徴主義の研究調査の準備も進んだ。 上記【研究実績の概要】に記したように収集調査をした資料を見ると、限定本は西洋風の意匠と和風の意匠に大別されることが分かった。ヨーロッパの象徴主義を翻訳した出版物でも、西洋風の意匠とは限らないのである。西洋の象徴主義の正しい理解に努めると共に、象徴主義が日本化する傾向があることが分かる。出版された時期の読者の好み、また個別書肆や著作者の美意識との関わりなど、限定本出版の特徴の概要を明らかにすることができた。 当該年度は主に「民衆詩派」と「限定本」に関する資料の収集調査に注力し、資料一覧の作成を行った。本研究に直接関わる論文は執筆しなかったが、前年度から続けている関連論文「中原中也の『四季』」(『四季派学会論集』2012 *【雑誌論文】に記載)の論考に、研究成果を結びつけ修正補足することができた。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は、研究計画に記したとおり、当該年度の研究成果をふまえながら、研究調査を持続し、研究の中間報告を行い、ネットワーク上の情報交換の可能性を探りながら、テーマの焦点をしぼることを、主たる目的とする。 【現在までの達成度】に記したとおり、「民衆詩派」と「限定本」については一定の成果を得た共に、新しい課題が見つかった。資料に引用された文献や広告から、関連書籍を発見することができたため、公共図書館の収蔵状況を確かめながら、これらの文献を研究調査していくことにする。また、アカデミズムや翻訳の中の象徴主義の研究調査は、研究計画で予定していたものであり、こちらの関連文献も研究調査していく。また、これらの文献の関連文献として、民衆詩派やその他の詩人および批評家たちの、雑誌における象徴主義に関わる発言もある。当時の象徴主義理解の状況を確認するために、これらも調査していく。「限定本」については、公共図書館に所蔵されている例が少ないが、所蔵機関を探し調査を進める。これら調査した文献については、引き続き一覧に書誌情報を記載し、データを蓄積していく。 次年度は、資料の発掘と研究調査を持続すると共に、中間報告として、ブログ作成、所属研究機関での資料展示を行う予定である。ブログでは、研究調査した資料ごとに、簡潔な書肆情報と目次および内容を記載し、逐次成果をネットワーク上で公開する試みを行う。また、研究機関での資料展示会では、実際に資料を陳列し、出版物の意匠の多様性と意義について紹介する。これらの中間報告を通じて、最終年度の研究成果をまとめるため、論文などで発表できるような形にテーマの焦点をしぼっていく。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
当該年度の研究費のうち、次年度使用額が生じたのは、予定していたデータをとりまとめるための人件費を使用しなかったからである。当該年度は研究責任者の作業で、整理作業を行うことができたが、収集資料増えていくため、次年度は必要に応じて人件費を使用する。また、研究調査に関わる交通費に関しては、本研究費に計上しなかった。次年度は遠隔地に調査に行く計画であるため、こちらの予算も必要に応じて使用する予定である。 次年度使用額については、近隣の公共図書館に所蔵がない、象徴主義に関わる言論の掲載された文献資料(文芸雑誌『文章倶楽部』のマイクロフィッシュ)を購入する予定である。研究費で入手した他の資料と同様に、所属研究機関の図書館に収蔵し、OPACなどで情報公開し、公共の利用に供する。 次年度の他の研究費使用計画については、研究計画書のとおり、資料収集調査のため、資料現物の購入、複写のための費用、所蔵図書館調査のための旅費、資料整理のための人件費、中間報告のためのブログ作成や展示会の費用、として使用する予定である。いずれも物品に関しては、所属研究機関の図書館に収蔵し公共の利用に供する。また、収集資料の情報については、ブログを通じてネットワーク上で開示する予定である。
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Research Products
(1 results)