2013 Fiscal Year Research-status Report
大正・昭和期において象徴主義の形成を果たした各種出版物の研究
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24520246
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Research Institution | Kyoto Notre Dame University |
Principal Investigator |
長沼 光彦 京都ノートルダム女子大学, 人間文化学部, 准教授 (70460699)
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Keywords | 日本近代詩 / 象徴詩 / 詩史 / 芸術性 / 大衆性 / 文学史 |
Research Abstract |
当該年度に得た研究成果は、大きく分けて2点である。 第1点は、大正期における象徴詩普及の前史についての調査である。明治末年の日本象徴詩黎明期に活躍した詩人というと、蒲原有明、上田敏、岩野泡鳴らがあがるだろう。 河井醉茗は、七五調を基調とする文庫派という名で括られ、この中に加えられることはない。だが、「日本近代詩の母」と称される河井醉茗は、明治末年の青年詩作者たちを、雑誌投稿を促すことにより束ね、 明治末年から大正期にかけて、象徴詩また口語詩を、一般への普及という側面に接続する役割を果たしている。この成果については論文としてまとめ、「河井醉茗と象徴主義 ―象徴主義の普及に関わる役割と位置」(『京都ノートルダム女子大学研究紀要』第44号、2014・3)の題名で発表した。 第2点は、大正・昭和期における、象徴詩の歴史化についての調査である。日夏耿之助『明治大正詩史』(1929)は、大正期を、芸術性を重んじた象徴詩派と、大衆性を重んじた民衆詩派の対立構図の中に整理している。現在の近代文学史も概ねその構図に倣って、大正詩史を組み立てている。ただし、日夏耿之助は当事者でもあり、その記述は、民衆詩派の批判に向けられている。実は明治末年より、厨川白村『近代文学十講』(1912)など、文学を史的に通観する試みが現れはじめ、『明治大正詩史』もその一例であった。民衆詩派には民衆詩派の史観があり、批評の世界では、それら複数の史観が争闘していたのである。やがて昭和期に現れるモダニズムの史観の中で、両者は総括されることになる。それらの史観を調査し整理した。 これらの成果に加え、ブログ形式で、資料データの整理・公開を始めた。(詩の本ブログhttp://sinohon.no-blog.jp/blog/)
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当該年度の研究計画にあげた2項目を実施した。1つめは、「限定本などの出版物調査」、2つめは「モダニズム文学と象徴主義の関連」である。 「限定本」は、昨年度に引き続き、資料発掘を続けた。和風・洋風、両者の融合という形式の他に、三好達治訳シヤルル・ボオドレエル『悪の華』(日本限定版倶楽部、1935)のように、未製本のままの本文及び表紙を蓋付き函に納める形式の出版物などを発見調査した。『悪の華』のように、私的所有欲を満足させる出版形式は、当時の象徴詩の文学としてのイメージを明らかにする材料であり、これらの調査により一定の成果を得られた。 「モダニズム文学と象徴主義の関連」は、【現在までの達成度】で示した、民衆詩派と象徴主義の対立を史的に位置づけようとする、日夏耿之助『明治大正詩史』を参照しながら、春山行夫『詩の研究』(1931)などを中心に、モダニズムにおける象徴詩観を調査した。これらの調査から、象徴詩の歴史化という、批評の潮流を明らかにすることができた。 さらに、研究計画では予定していなかったが、【現在までの達成度】で示したように、大正期の象徴詩普及につながる、河井醉茗を中心とした活動を調査したことで、予定以上に研究計画を進展させることができた。また、上記の2点の関連の資料と共に、資料一覧の作成を行い、ブログ上での資料紹介を開始した。 以上の点から、研究計画自体は概ね順調に進んでいると言えるが、一方で、校務により、遠隔地の資料館へ調査に赴く機会を多くとることができなかった。また、購入を予定していた『CD-ROM版近代文学館⑤ 文章倶楽部』などの資料が絶版だった。そのため、研究費の執行で遅れが生じてしまった。また、所属校の校舎改築により、年度の後半は図書館での展示会を実現できなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は、研究計画に記したとおり、過去2年間の研究成果をふまえながら、研究調査を持続する。研究完成年度であるため、、蓄積してきた資料情報を集約し、ネットワーク上での公開、展示会の開催、成果をとりまとめた冊子の作成を目指す。 【現在までの達成度】に記したとおり、象徴詩に関わる言説を発表している、民衆詩派、モダニズム、アカデミズムの出版物調査は進んでいる。一方で、河井醉茗関連資料のように、調査の過程で新たに課題が見つかる場合もある。当初の計画の完成を目指すと共に、関連資料の発掘を進め、さらに課題を発見していきたい。当初の目論見の外にある資料や課題の発見こそ、本研究の目的だからである。現在の計画では、アカデミズム関連の出版物と、翻訳を中心に、象徴詩紹介と象徴主義理解の言説の変遷を中心に追うことにしたい。例えば、早稲田大学文学部『文学思想研究』(新潮社、1926~)は、西条八十の象徴詩論などを掲載している。このような出版物を丹念に発掘調査していく。 また、【現在までの達成度】に記した、研究計画から遅れた部分に関しては、次年度当初より積極的に取り組みたい。限定本に関しては、所蔵図書館や資料館が少ないが、古書店を探索するなど、実物資料を調査する。入手することができなかった資料の中で、所蔵先の図書館や資料館が明らかになったものは、訪問調査し補っていく。 ブログについては、公開を始めたばかりで、情報交換のネットワークを構築するに至っていないが、情報提供を続けていきたい。展示会については、資料の全体像に関わるものではなく、限定本の造本など、テーマをしぼって実施することにしたい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
人件費については、資料整理をするうえで適当な人物を見つけることができなかったため、雇用せずに資料整理を進めた。ブログ公開費用については、公開後の保守点検費用などの経費面と持続性を考慮し、安価なプロバイダにより私費契約で行うこにとした。また、所属校の校舎改築により年度末は図書館展示を実現できず、展示資料制作ための諸費用を使用しなかった。 これら未使用額を資料購入に当てる予定だったが、『CD-ROM版近代文学館⑤ 文章倶楽部』などの必要な資料が絶版であることが注文後に分かったため、使用計画が遅れてしまった。さらに、夏期休暇中に入った予定外の校務により、遠隔地の資料館へ調査に赴く機会を逸してしまったため、旅費を使用することができなかった。 前年度未使用額に関しては、研究計画に関わる資料購入に当てる。研究対象である、限定本については、古書店で取り扱われているものの多くは高価である。日本近代文学館などが刊行する複製本があるものなどは、購入する必要はないが、限定本は私的所蔵が多く、現物を調査することは難しい。予算執行の全体を考え、購入を見送っていた資料が何点かあるが、図書館や資料館に所蔵されていない、研究計画に必要性の高いものから購入していくことにする。購入した資料は、研究計画どおりに、所属大学図書館にて、公的な利用に供し、ブログなどで情報公開するものとする。また、研究調査に赴く機会を早くから求め、旅費を使用し、研究計画を推進することにしたい。
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Research Products
(1 results)