2012 Fiscal Year Research-status Report
ヴィクトリア朝の文学テクストによる自殺の社会的・心理的要因の解明
Project/Area Number |
24520278
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
松岡 光治 名古屋大学, 国際言語文化研究科, 教授 (70181708)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 自殺 / ヴィクトリア朝 / ディケンズ / ギャスケル / ギッシング / 社会的文脈 / 心理的文脈 |
Research Abstract |
平成24年度は、ヴィクトリア朝作家の中で自殺の場面をもっとも興味深く描いたディケンズの作品に焦点を絞り、経済問題、健康問題、家庭問題、思想問題などに潜在する自殺の社会的・心理的要因を多角的に分析した。特に、ディケンズ作品に描かれた自殺に関しては、ヴィクトリア朝の時代精神と社会風潮を反映した経済および階級の問題に起因する強者の弱者に対する肉体的・精神的な暴力の結果、同時に自分自身の弱さや劣等性の投影による結果として位置づけた。 その成果は、ディケンズ生誕200年記念として編集し、10月20日に大阪教育図書から出版した『ディケンズ文学における暴力とその変奏』に現れている。そこでは、「まえがきに代えて――暴力と想像力」において社会的弱者を自殺に追い込む権力側の暴力に対抗するために、ディケンズが必要だと考えた想像力の機能について論じ、序章「抑圧された暴力のゆくえ」ではジェンダー、階級、人種に関してディケンズが暴力問題をどのように考えているかを明らかにし、第2章の『オリヴァー・トゥイスト』論では「逃走と追跡――法と正義という名の暴力」と題して、孤児の主人公オリヴァーが他殺や自殺といったキリスト教的な犯罪から逃れ、法と正義による追跡という権力側の暴力から逃れる際の心理的なメカニズムを分析した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究では、ヴィクトリア朝の文学テクストにおいて明示的/暗示的に描写された自殺に関する言説を中心に、当時の非文学領域の文献や主要ジャーナルに見られる自殺の言説を並行して分析する。この分析の主たる目的は、産業革命後の急激なパラダイムシフトによって生じたヴィクトリア朝の新たな時代精神と社会風潮に抑圧され、その圧力に耐えきれない人々が極度の孤立感と絶望感から心の痛みに対する意識を停止させた「自殺」という行動の正確な社会的および心理的要因を突き止めることである。 平成24年度は、ディケンズ生誕200年記念として『ディケンズ文学における暴力とその変奏』の編集を同時にしていたので、そのプロジェクトと関連づけるために、本研究においてはヴィクトリア朝の文学テクストの中でディケンズしか扱えなかった。しかし、ディケンズの登場人物たちが耐えがたい現実から逃れるために自殺とは違う別の方法を採っていることに着目し、その方法の有効性を社会的・心理的文脈から分析したので、その有効性について次年度以降の研究で他の作家の作品を通して検証することが可能である。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、研究代表者のワークステーションで既存のハイパー・コンコーダンスを使い、多くのヴィクトリア朝作家の電子テクストから文脈を伴った自殺の言説をデータベース化するとともに整理・分類し、有意味のデータに関してはコンテクストを含めて精読し、社会的・心理的要因との関連性を明らかにする予定である。 具体的に言えば、次年度は女性作家ギャスケルの作品における言説とヴィクトリア朝の社会的および心理的文脈との相関性を明らかにし、国内外のギャスケル研究者たちの協力を得て没後150年記念の英語論文集を編集する過程で、その本のテーマである「悪とその変奏」に照らして、19世紀イギリスの時代精神と社会風潮だけでなく、自殺を助長するヴィクトリア朝の人々の思考や習俗などの根底にあるエートスについても考察することで本研究を推進させたい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
資料収集の一環として、新規購入した自殺関係図書、ヴィクトリア朝社会史・文化史関連図書、心理学・精神分析学関係図書、そして自殺関連の学術書や学術論文から抽出した有意味の言説に個別の注釈を付してデータベース化を始めているが、次年度も引き続き関連図書を購入してデータベース化し、生産的な分析を推進させる計画である。 また、当該研究費を利用して自殺問題に関する専門的知識の提供のために外部から有識者を招聘し、名古屋大学においてセミナー形式の講演会を開催する予定であるが、これは書籍を用いての理論的な自殺問題へのアプローチとは違って、実践的な問題解決への視点を導入してくれるはずである。
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