2012 Fiscal Year Research-status Report
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24520312
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Tsuda College |
Principal Investigator |
野口 啓子 津田塾大学, 学芸学部, 教授 (60180717)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | ストー / 反奴隷制文学 |
Research Abstract |
本研究は、19世紀中葉の奴隷制をめぐる様々な言説を、文学としてとらえ、その間テクスト性を視座に据えながら、それらがもう一つのアメリカン・ルネサンスを形成した可能性について、このテーマについて多大な影響を及ぼしたハリエット・ビーチャー・ストーの『アンクル・トムの小屋』を中心に検証しようとするものである。 初年度は、「初期反奴隷制文学」の時代として、50年代以前の反奴隷制文学を考察した。その際にトマス・ジェファソンらに象徴される建国の理想と現実との矛盾を追及することで、奴隷制を覆そうとする作家に焦点を当てた。その結果、これまでほとんど取り上げられてこなかったリチャード・ヒルドレスの『奴隷 アーチー・ムーアの記憶』というスレイヴ・ナラティヴを模した反奴隷制小説の発見と、この作品が黒人によるスレイヴ・ナラティヴやストーの『アンクル・トムの小屋』、さらにリディア・マリア・チャイルドの『共和国のロマンス』に与えた影響について考察できたことは、望外の研究成果であった。それゆえ、最終年度に予定していた女性作家チャイルドをヒルドレスとの比較を通して先行的に考察を行った。これにより、奴隷制廃止論者におけるジェンダーの違いがもたらす表現やレトリックの違いについての考察も得られた。 ヒルドレスの『アーチー・ムーアの記憶』はさらにダグラスの1845年の『ナラティヴ』や1855年の自伝への影響も考えられ、今後、ダグラスとの比較研究やヒルドレスの他の作品についての研究が必要になる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
初年度は「初期反奴隷制文学」の時代の考察を予定し、以下のことを行った。 (1)デイヴィッド・ウォーカーやリディア・マリア・チャイルドによるプロテスト文学の考察。(2)ダグラスを中心とした黒人によるスレイヴ・ナラティヴの特徴の考察。(3)リチャード・ヒルドレスの『アーチー・ムーア』研究。この作品は、「初期反奴隷制文学」を考察する過程で浮上したものである。北部出身の白人作家が、黒人奴隷を主人公に1人称でスレイヴ・ナラティヴを装って書いたものであるが、この発見により、ストーの『アンクル・トムの小屋』が最初の反奴隷制小説であるという捉え方の修正を余儀なくされた。また、この小説がダグラスやストー、チャイルドに与えた影響をできる限り精確に検証する必要も生じた。(4)上記の結果、アメリカの民主主義や建国の理想といった19世紀前半のナショナリズムと奴隷制という実態との矛盾を追及した初期の反奴隷制の言説についての考察は少々遅れることになった。しかし、その一方で、最終年度に予定していた、南北戦争後の反奴隷制文学、チャイルドの『共和国のロマンス』をヒルドレスの『アーチー・ムーア』との比較考察において、先取りする形となったので、全体としてはおおむね順調といえよう。また、同じく奴隷制における性の搾取の問題を扱った作品として、これら2作品の研究は、今後本研究にとって非常に大きな意味をもつものといえそうである。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は、初年度の研究成果を踏まえたうえで、いわゆるアメリカン・ルネサンス期と称される1850年年代に焦点をあて、奴隷制反対運動の高まりとともに、どのような反奴隷制文学が形成されていったかを、ストーを中心に考察する。まず、ストーの奴隷問題を扱った3作品(『アンクル・トムの小屋』『ドレッド』『牧師の結婚』)を中心に、「初期反奴隷制文学」がストーに与えた影響を吟味する。次にダグラス、ウィリアム・ウェルズ・ブラウン、ハリエット・ジェイコブズらの作品を中心に、ストーの作品との相互関連性を探る。これにより、逃亡奴隷の手になる体験記や自伝や小説が「反奴隷制文学」という大きな枠組みのなかに再編成される可能性を検証すると同時に、それらをルネサンス期アメリカ文学のなかに位置付ける。その際に、相互影響ばかりでなく、人種・ジェンダー・階級による差異がもたらす批判的距離がどのように作品に投影されているかという点も考察し、この文学ジャンルの多様性と重層性を明らかにする。 上記に加え、初年度の研究で得られたヒルドレスの反奴隷制小説の意義をひきつづき明らかにしていく。このような研究により、白人作家が描く反奴隷制文学と黒人作家が描くそれとの差異、つまり人種による差異についての検証がより深まると思われる。 そして最後にはこの「反奴隷制文学」がアメリカ文学にどのような影響を与えたのかについて、マーク・トウェインを中心に探り、これが単なる一過性の現象ではなく、変容を繰り返しながらも、アメリカ文学の奥深くに受け継がれていることを明らかにする予定である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
次年度は、初年度に明らかにされた初期反奴隷制文学の特徴が、1850年代のストー、ダグラス、ブラウン、ジェイコブズらの文学にどのような影響を与えたのかを検証するとともに、ストーの作品とダグラスら元奴隷の手になる自伝を含む文学との相互影響を考察し、それらがいかに一つの大きな「反奴隷制文学」を形成しているか、さらにそれらがいかにアメリカ文学の重要な要素となっているかを明らかにする。このような研究目的のために、研究費を以下のように使用する。 (1)ストー、ダグラス、ジェイコブズらの作品の批評書の購入。(2)上記作家らの作品の同時代の評価について、インターネット等で調べる。国内の図書館やインターネット等で調べがつかない場合は、夏季休暇を利用して米国ワシントン大学の図書館を利用して、当時の新聞、雑誌等で調べる。(3)初年度に浮上したヒルドレスの作品について、国内の図書館、インターネット等で調べる。国内の図書館やインターネットで調べがつかない場合は、夏季休暇を利用して米国ワシントン大学の図書館で調べる。
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Research Products
(2 results)