2012 Fiscal Year Research-status Report
20世紀ドイツ語圏スイス文学における多声性をめぐる研究
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24520368
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Tsuda College |
Principal Investigator |
新本 史斉 津田塾大学, 学芸学部, 教授 (80262088)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 翻訳研究 / ドイツ語圏スイス文学 / ローベルト・ヴァルザー / 連詩 |
Research Abstract |
ローベルト・ヴァルザーのテクストが他言語への翻訳に対していかなる抵抗を示すかを、『ローベルト・ヴァルザー作品集(全5巻)』での翻訳実践経験に基づいて論じた対談形式の報告<In guten Haenden> Uebersetzergespraechを、Mittelungen der Robert Walser-Gesellschaft.(2012.vol.19, p5-12)に掲載し、日本語への翻訳においてはじめて可視化するヴァルザーの多声性の問題(方言、多言語性、レトリック)を明らかにした。 続いて、スイスの現代詩人Juerg Halterと谷川俊太郎の連詩『話す水/Sprechendes Wasser』(2012. 4月, Secession Verlag刊)を翻訳刊行し、さらに5月には第34回スイスゾロトゥルン文学祭およびチューリヒ市文学館において、詩人2名および翻訳者E.Klopfensteinと4人で公開シンポジウムを行い、日独語を架橋する連詩とその翻訳において声の複数性が生み出す創造力について討論した。 また、スイス、ビール市のノイハウス美術館において、パウル・クレー・センター研究員の美術史研究者奥田修と共に、画家である兄カール・ヴァルザーと作家である弟ローベルト・ヴァルザーの関係について、絵画と文学という二つの表現メディアの対話の視点から分析を行った。 ローザンヌ大学文学翻訳センターでは、平成25年度に開催予定の国際翻訳ワークショップ『ローベルト・ヴァルザー・グローバル』の計画打ち合わせを行った。 日本では『ローベルト・ヴァルザー作品集第4巻』(2012年10月、鳥影社)を刊行し、ヴァルザーの中期から後期にかけての散文のレトリックを日本語に移す/写す試みを行い、後書きにおいて詳細に解説を加えた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該年度の研究目的のうち、ローベルト・ヴァルザーの作品に即した研究については、翻訳実践、翻訳研究、国際学会発表のいずれにおいても、予定していた以上の展開が見られ、ドイツ語論文による研究成果の発表も順調に進んでいる。 また、現代詩人Juerg Halterとスイス方言ラップ歌手Kutti MCの二つの顔を持つHalter氏の作品に翻訳実践、翻訳分析の両側面からアプローチすることで、スイス特有の多声性に意識的に取り組んでいる表現者による最先端の試みに触れる経験を得ることができた。世代的にも50歳の差異を抱え込んだハルター、谷川の両詩人によるダイナミックな対話について「日/スイス」、「詩人/翻訳者」という二様の差異を横断する形で、議論を展開した経験は、本研究に新たな視点を導入する契機となった。 また、奥田修との共同講演は、ローベルト・ヴァルザーのテクストが内包する絵画的なものと、非絵画的なものとの批評的対話関係が、いかなる伝記的経験を契機として生まれたかについて、貴重な認識をもたらしてくれた。(この成果は、平成25年秋にドイツで刊行される論集に論文の形で発表する予定である。) また、『ローベルト・ヴァルザー作品集 第4巻』の刊行は、飯吉光夫氏が先鞭をつけて以来、途絶えていた、散文小品作家としてのヴァルザーの評価を、日本において確立する意味を持つものである。 並行して、ローザンヌ大学文学翻訳センターにおける、英仏語圏におけるドイツ語圏スイス作家の受容に関わる資料収集、またIrene Weber-Henking教授、Peter Utz教授ら、センターのスタッフとの間での、次年度以降の国際交流計画の準備も順調に進展した。なお、フリードリヒ・グラウザー研究についての成果発表は、平成25年度に紀要論文として刊行する予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
日本における『ローベルト・ヴァルザー作品集(全5巻)』を完結させ、日本の読者にヴァルザーという作家の全体像を提示すると同時に、日本語への翻訳プロセスにおいてはじめて認識され得たヴァルザーのテクストの多声性については、翻訳者ワークショップ、国際シンポジウム、最新のヴァルザー研究書への寄稿、他の作家研究も含んだテーマ論集への寄稿などを通じて、ドイツ語圏の研究者、読者に提示する。 並行して、ヴァルザー同時代の異端の多言語作家、F・グラウザーについての作品研究を、国際学会での口頭発表、大学紀要での学術論文執筆を通じて進めていく。 また、現代スイスについての紹介書『現代スイスを知るための60章』(仮題、明石書店)を共同執筆し、ドイツ語圏スイス文学における多声的表現の背景を成している歴史的、文化的、社会的諸条件について解説する。 作家イルマ.ラクーザの長編小説『もっと海を(Mehr Meer)』を翻訳し、鳥影社から刊行する。これと並行して、I.ラクーザを中心に、現代のドイツ語圏スイスにおける移民経験、翻訳経験を持つ作家の作品における「多声性」を論じた論文「多言語の海に耳を澄ます」(仮題)を執筆し、『津田塾大学紀要』に掲載する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
スイス、ローザンヌ大学で2013年5月に開催される20カ国の研究者、翻訳者による翻訳ワークショップ <Robert Walser Weltweit>(ローベルト・ヴァルザー・グローバル)に参加し、発表を行う。続いて、ゾロトゥルンで開催される第35回ゾロトゥルン文学祭でのアメリカ、イスラエル、中国、日本の4カ国からの翻訳者とドイツ語圏スイスの文学研究者による国際シンポジウムにパネリストとして参加し、翻訳者からみた現代スイス文学の可能性について研究発表を行う。 ドイツのメッツラー社より刊行中の作家研究シリーズの一巻、『Robert Walser Handbuch(ローべルト・ヴァルザー・ハンドブック)』の「Rezeption in Japan(日本における受容)」の章を執筆、出版する。 スイスの作家、翻訳者たちによる論集『Das Ich in der Literatur(文学における<私>)』に学術論文 「Inszenierung der Ich-Fiktion auf der Buehne der japanischsprachigen Robert Walser-Ausgabe(日本語版ヴァルザー作品集の舞台上での<わたし>をめぐる虚構の演出)」を執筆、刊行する。 フリードリヒ・グラウザーの長編小説『外人部隊(Gourrama)』を論じた日本語論文「身振り、なまり、黙り――F・グラウザーの多言語小説における<真実>と<嘘>」(仮題)を『津田塾大学紀要』に執筆する。 フランスのナンシー大学において予定されている国際学会「高尚文学と大衆文学」に参加し、「アリバイとしての『探偵小説』――F・グラウザー『砂漠の千里眼』におけるジャンルの侵犯」(仮題)と題した口頭発表を行う。
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