2013 Fiscal Year Research-status Report
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24520386
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Research Institution | Tokyo University of Foreign Studies |
Principal Investigator |
宇戸 清治 東京外国語大学, 大学院総合国際学研究院, 教授 (30185053)
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Keywords | タイ近代文学 / コード分析 / ドークマーイ・ソット / 良き国民 / ラッタニヨム |
Research Abstract |
タイ近代小説に見られる構造的特質、人間認識の方法やモチーフ、自然観や行動様式の分析を通じて、各作品に通底するタイ人の人間・社会認識や、その時代特有の社会的心性を明らかにすることが本研究の目的である。この目的に沿って2013年度は女性作家ドークマーイ・ソット(1905-63)の諸作品を材料とし、太平洋戦争時におけるタイの都市住民と農村住民の思想と行動様式の違いを、諸作品に巧妙に忍ばされた複数の文化的コードを手がかりに分析した。ドークマーイ・ソットは近代タイ文学の巨匠の一人で、旧貴族という階級特性から、主として近代化の進展と共に没落途上にあった上流人の生活と信条を描くのを得意としたが、ピブンソンクラーム元帥による国家主義(ラッタニヨム)が支配的となった太平洋戦争期には、政権への追随者である近代「市民」を風刺的に描く作品が増えた。これらの作品を分析した結果、とくに彼女の小説『良き国民』においては、農村を描いた彼女の数少ない作品だという従来の通俗的、形式的な評価とはまったく逆に、以下の3つの互いに対立する文化的コード(読者の読みを指示する指標)が明確に表現されていることが明らかとなった。(1)「汽車」と「水牛」、または「中心」と「終焉」、(2)「国の法律」と「村の掟」、(3)「遠い戦争」と「手近な平和」。ドークマーイ・ソットはこうした記述方を用いることで、言論統制の厳しかった時代にあって「ラッタニヨム」をめぐる混乱したタイの世相と政権を痛切に風刺していたことが明らかとなった。こうして、人道派と呼ばれるシーブーラパーなどの作品が、現実のタイ農村・農民を観念的にしか捕らえていないのに対し、上流階層出身のドークマーイ・ソットの方がむしろタイ農村・農民の実像をリアルに捉えていたということを発見したことで、内外のタイ文学研究者による従来のタイ文学研究に新たな視座を加えることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
(理由) 研究目的に記載した項目順に現在までの研究の達成度を記述する。 (1)物語構造に見る通時的特質の究明:2012年度は近代文学の傑作である『王朝四代期』(ククリット・プラモート著)、『東北タイの子』(カムプーン・ブンタウィー著)『大王が原』(リアムエーン著)を中心に分析を進めた結果、その顕著な特徴として中国小説『水滸伝』や『三国志』と共通する物語の数珠つなぎ構造があり、西欧近代の長編小説に見られる一貫したストーリーや歴史観が存在しないことが明らかとなった。 (2)人間、社会、自然認識の比較分析:2013年度は農村・農民を主題とする約30作品に現れた文化的コードの分析を通じて、1982年までのテクストが現実の農村・農民をリアルに捉えておらず、むしろ農民や労働者にタイする近代市民としての啓蒙に主軸が置かれていることが明らかとなった。その点において、従来はむしろ旧守派と評価されていたドークマーイ・ソットの太平洋戦争期の農村小説にむしろ根源的な都市・農村の価値対立がリアルに描かれていることを発見できたのは新たな知見であった。その成果は『東京外国語大学論集86号』に「ドークマーイ・ソットの短編『良き国民』における文化的コード」という論文の形で掲載された。 (3)タイ国立カセサート代打区分学部の招請で、2014年1月8日に「日本におけるタイ文学の読まれ方」と題する講演会を行い、同大学のタイ文学・外国文学研究者たちとの間で、タイ近代文学の構造的特質に関する意見交換を行った。同講演の原稿はタイ語の文学専門誌『プラーコット』(2014年春季号)に掲載された。 (4)小説ジャンルを文学社会学的観点から見た場合の価値意識の分析:2014年度このテーマに基づく研究が主となる。すでに必要なテクストは収集し、読み込みと分析を開始したところである。
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Strategy for Future Research Activity |
(今後の研究の推進方策) (1)2012年度はいわゆるカノン的な大作に絞ってタイ近代文学(純文学)の構造的特質について比較研究を行ったが、今後は近代タイで最も読者層の多かった家庭小説・恋愛小説(大衆・通俗小説。主として女性作家が担った)に視野を拡大し、純文学との比較を通じて比較構造分析を進める。 (2)さらに、小説ジャンルを文学社会学観点から見た場合の価値意識の分析を進める。仮説として、タイの近代文学には独自の探偵・推理小説が無く、虚構の世界に遊ぶ遊技感覚や、山岳小説、紀行文学の欠如がある。これらの特徴は、近代中国小説や中国人の空間認識、歴史認識と共通点が多い。そのことと、近代以降のタイ作家に華人出身者が多くを占めていることの有機的な関連性の分析も進める予定である。 (3)研究成果の発表、翻訳、印刷物刊行:2013年度は東京外国語大学タイ文学研究室が主体となって『東南アジア文学11号』を刊行し、研究成果のほか、小説や評論の翻訳を掲載した。2014年度は引き続き『東南アジア文学12号』『同13号』を刊行し、今後とも研究成果を広く公表し、当該地域の研究の発展に資する。8月にはタイ国立カセサート大学、同チュラーロンコーン大学、同シーナカリンウィロート大学でタイ近代文学の構造的特質に関する発表やシンポジウムを行う予定である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
翻訳やデータ入力費を「人件費・謝金」より支出する予定であったが、作業が年度を越えることが明らかとなったので、やむなく次年度に使用することとした。 2014年度は次年度使用分を含め、当初計画に沿った「人件費・謝金」使用を行う。
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