2012 Fiscal Year Research-status Report
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24520497
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | University of Yamanashi |
Principal Investigator |
長谷川 千秋 山梨大学, 教育学研究科(研究院), 准教授 (40362074)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 契沖 / 和字正濫鈔 / 仮名遣 / 定家仮名遣 / 和名類聚抄 / 歌学 / 悉曇学 |
Research Abstract |
国語学史において、契沖の『和字正濫鈔』(元禄八年刊)は、定家仮名遣の非を明らかにし歴史的仮名遣の端緒を開いた仮名遣書とみなされ、高く評価されてきた。研究代表者は、契沖が当時の主流の仮名遣(定家仮名遣)とは異なる仮名遣観になぜ到達しえたのかという観点から、『和字正濫鈔』と契沖の仮名遣観を再評価することを試みた。 1.まず、『和字正濫鈔』中の「旧仮名遣」の意を読み解くことを通して、契沖が『和字正濫鈔』において「仮名遣」という用語を「定家仮名遣系統の仮名遣書」の意に限定して用い、「仮名」を「自ら提唱する仮名遣」の意に用いることを明らかにした。この呼び分けは、定家仮名遣と新たに提唱しようとする仮名遣との間に、契沖自身が本質的な差異を認めていたためと考えられる。 2.定家仮名遣は基本的に和歌を書くための表記則であるが、『和字正濫鈔』は掲出語の半数程度が平安期の百科事典である『和名類聚抄』の和訓を典拠とし、和歌と無縁の語を多く所収することを明らかにした。 3.『和字正濫鈔』巻一総論に、仮名遣に直接関わらない梵字の形音義への言及があることの意味を明らかにした。梵字の形音義を表音文字の仮名に適用すると、「形」は語を単位とする仮名遣に相当することになる。仮名遣は形音義のうちの一つにすぎず、『和字正濫鈔』は語を仮名でどう書くかということよりも、語の形音義を明らかにした書であることを明らかにした。 上記の成果は、表記研究会での口頭発表(1月26日)、当該研究費の助成により開催した研究フォーラム(契沖とことば―古典を学ぶことの意味― 2月27日、山梨大学)での公開講座を通して、様々な指摘を受け、論文「契沖の「仮名遣」とは何か―『和字正濫鈔』の仮名遣書としての特異性―」にまとめたものである(投稿中)。なお、本研究課題と関わって、日本語表記に仮名遣が成立する要因について論文発表を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
交付申請書「研究の目的」にある「契沖の仮名遣は、実用つまり和歌を書くための仮名遣書とは異質の、真言密教や悉曇学に基づく観点から成立したことを明らかにする」について、本年度は、次のような点において十分な成果を上げることができた。 1.契沖の『和字正濫鈔』が仮名遣書であることはこれまでの国語学史における定説であるが、本年度の研究においては、『和字正濫鈔』が上代日本語・中古日本語を中心とすることばの形音義を明らかにした書であり、仮名遣書としての異質性を指摘した。 2.前述口頭発表での質疑を通して、真言密教とは異なる領域の、歌学との関わりを『和字正濫鈔』に捉えることができた。契沖は古今伝授を受け歌学を忠実に継承する側面も見られ、『和字正濫鈔』中に古態が残存することを明らかにした。 3.『和字正濫鈔』の再評価において、契沖の仮名遣に関する記述全体を視野に入れ、具体的には『和字正濫鈔』以前の、『萬葉代匠記』初稿本、精撰本、また『和字正濫抄』以後の『和字正濫通妨抄』、『和字正濫要略』、さらに水戸徳川家に宛てた契沖の書簡を用いて、仮名遣観の変遷を辿りながら『和字正濫鈔』の位置づけを行うことができた。「仮名遣」の用語は、『和字正濫通妨抄』や『和字正濫要略』において「仮名遣」の意を表し、契沖は『倭字古今通例全書』への反論を機として、『通妨抄』『要略』においてはじめて、定家仮名遣と対立する仮名遣書の形式を整えたといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度は、24年度の研究成果をふまえ下記の研究を進める。 【1.『和字正濫鈔』の仮名遣書としての異質性について】『和字正濫鈔』掲出語の全てに調査対象を広げ、『和名類聚抄』および八代集の語彙、さらに行阿の『仮名文字遣』の掲出語と比較し、仮名遣書としての異質性を明らかにする。『和字正濫鈔』中の「常にかくかけり」という注記をキーワードとして、「仮名未考」であるにも拘わらず語を掲出することの意味を、歌学との関わりから考察する。【2.契沖の言語研究について】『和字正濫鈔』では動詞の活用を「はたらき」と称するが、契沖の仮名遣観において、動詞の「はたらき」は、同音に帰したアハワ行の仮名を五十音に再配置する際に重要な概念である。そこで、ハ行動詞の活用意識と仮名遣意識の相関性について考察を行う。契沖の仮名遣の基盤には、動詞の「はたらき」とともに契沖による漢字音の反切研究があったと考えられる。仮名の字母を五十音に再配置する際、漢字音(反切)によって正しく整理できるはずであるが、契沖は反切への理解がありながら、「を」「お」の位置をなぜ誤って配置したのかという謎がある。これを解決するため、契沖が反切に基づき萬葉仮名の字母を整理した『正字類音集覧』等の読解を進める。【3.国学における『和字正濫鈔』の意義】楫取魚彦は『和字正濫鈔』をどのように理解したのか、『古言梯』の読解に着手する。 研究の推進方策は下記の通りである。 1.大学院の授業、研究フォーラム等を通して研究を計画的に進め、その成果を学生に還元する。2.学会発表または論文発表を通して、研究交流を行う。3.最終年度に向けて、研究成果報告書の作成に着手する。報告書は、論文と紙幅の都合で論文に載せきれない調査データとから成る。最終年度に報告書を完成させることを視野に入れ、本年度より調査データを蓄積していきたい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
【1.設備備品費】25年度の研究は、契沖の学問領域と、仮名遣・言語研究の相関関係に注目するため、初年度に比べ広範囲の資料による調査が必要である。このため、仮名遣関係図書、悉曇学関係図書、国学関係図書、歌学関係図書を購入する。24年度は若干の次年度使用費が出た。これは、必要な図書の購入にはやや不足する金額であったため繰り越したものである。本年度の設備費に含んで有効に活用することとしたい。 【2.消耗品費】調査資料を保存するための消耗品が必要である。 【3.国内旅費】貴重書扱いの写本・版本等については、所蔵図書館・文庫(国文学研究資料館、大阪中之島図書館等)に直接赴き、資料調査を行う。また、学会で自身の研究発表を行うことに加え、他の研究者の研究発表を通じての当該研究に関わる情報収集・研究交流が、必要不可欠である。資料調査・収集、学会参加のため、国内旅費が必要である。 【4.人件費・謝金】研究を迅速に進めるため、データを入力・整理する学生を雇用する。この学生への謝金の費用が必要である。昨年度も学生を雇用したが、学生にとっても、研究の過程や調査方法を目の当たりにすることができ、有意義であったということだった。昨年度に引き続き、研究フォーラムを行うための講師交通費、講師代が必要である。 【5.その他】研究フォーラム資料の印刷代、資料調査の際の複写、現像・焼付費が必要である。
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