2013 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
24520497
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Research Institution | University of Yamanashi |
Principal Investigator |
長谷川 千秋 山梨大学, 教育学研究科(研究院), 准教授 (40362074)
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Keywords | 和字正濫鈔 / 和字正濫要略 / 契沖 / 仮名遣 / 国学 |
Research Abstract |
契沖の『和字正濫要略』(以下、要略)は、『和字正濫鈔』、『和字正濫通妨抄』に続く、仮名遣に言及した著作である。研究代表者は、24年度に、『和字正濫鈔』の仮名遣書としての異質性を明らかにしたが(論文名「『和字正濫鈔』は仮名遣書か」投稿中)、25年度は『要略』に焦点をあて、『和字正濫鈔』とは対照的に「仮名遣書らしさ」が見られることを明らかにした。 『和字正濫要略』という書名は、『和字正濫鈔』を踏襲し簡略化していることを予測させる。しかし、その本文・構成には『和字正濫鈔』には見られない「仮名遣書らしさ」を随所に指摘できる。まず、『要略』が『和字正濫鈔』の項目を大幅に削除し、結果的に先行する仮名遣書『仮名文字遣』と同じ項目を残すこと。次に、『要略』では、仮名遣にゆれの見られる語は中古の文献の形を優先、変更していること。特に「とうか(十日)」は、上代の仮名書き例よりも、和歌の掛詞による臨時的な表記が仮名遣の根拠となっている。さらに、『和字正濫鈔』は「いへばと」のように掲出語に濁点を付すが、『要略』はほぼ濁点を付さなくなること。仮名遣書においては濁点を付さないのが通常の形式である。つまり、『要略』には「和歌に要なる」掲出語を選択するという、従来の仮名遣書に回帰するような編集方針が見られるのである。 契沖は、『和字正濫鈔』において、悉曇学における梵字の形音義という概念を、上代日本語に援用することで、上代日本語の形音義を明らかにしていたのに対して、『要略』では、『和字正濫鈔』の掲出語を抄出しながら、形音義のうちの平仮名の形の正当性のみを示したのである。このように、本研究では両書の間に仮名遣観に関わる大きな変遷があることを明らかにした。このことは、国語史および国語学史の通説を覆すものであり少なからぬ意義がある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
交付申請書「研究の目的」にある「契沖の仮名遣は、実用つまり和歌を書くための仮名遣書とは異質の、真言密教や悉曇学に基づく観点から成立したことを明らかにする」こと、および、「『和字正濫鈔』が仮名遣書であるという理解は後の国学によって形成されたものであり、改めて国学における仮名遣観を通時的に見直す」ことについて、本年度は次のような点において十分な成果を上げることができた。 1.契沖の仮名遣は、真言密教や悉曇学における言語観に倣い、仮名遣の規範を越えた問題意識のもとに成り立つ。『和字正濫鈔』は仮名遣の規範を示すために著されたのではなく、語そのものの本来あるべき形を示すことが、仮名遣の現象をも包含しているのである。ところが、契沖のその後の著作である『和字正濫要略』においては、先行する仮名遣書のように、和歌を書くための規範として仮名遣を位置づけている。そのことを『要略』の記述から具体的に明らかにし、『和字正濫鈔』と『要略』の間に仮名遣観の変遷が見られることを指摘したこと。 2.1により、「『和字正濫鈔』が仮名遣書であるという理解は後の国学によって形成されたもの」ではあるが、そのような理解が形成される要因が、契沖の『要略』の記述に内包されていることを明らかにしたこと。 3.2により、「国学における仮名遣観を通時的に見直す」ためには、契沖の著作を改めて検討する必要があり、『和字正濫鈔』に先行する、萬葉仮名研究および漢字音研究に関わる著作『正語仮字篇』『和字正韻』の読解に着手したこと。並行して楫取魚彦の『古言梯』、本居宣長『字音仮字用格』の読解に着手したこと。
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Strategy for Future Research Activity |
26年度は、25年度までの研究成果をふまえ下記の研究を進める。 1.契沖の言語研究について―『和字正濫鈔』への階梯―契沖には、『和字正濫鈔』以前の著作に、萬葉仮名および漢字音研究をまとめた『正語仮字篇』『和字正韻』がある。ここには契沖が『韻鏡』を利用して、アハワ行の萬葉仮名の分類を試みた形跡が認められ、ここでの研究が『和字正濫鈔』を成す基になったと見られる。『韻鏡』などの書で、中国の漢字音にも精通し、活用による行意識により「え」と「ゑ」、「い」と「ゐ」の行を正しく配置することのできた契沖が、なぜ「あいうえを、わゐうゑお」と、「を」と「お」については、行の配置の誤りを看過してしまったのかを、『正語仮字篇』『和字正韻』の記述とともに、当時の悉曇学との関わりから明らかにする。 2.国学における『和字正濫鈔』の意義―契沖の『和字正濫鈔』と『和字正濫要略』が国学においてどのように評価され、仮名遣観が形成されていくのかを明らかにするため、楫取魚彦『古言梯』、文雄、本居宣長『字音仮字用格』の比較対照を行う。 研究の推進方策は、25年度に引き続き、次の通りである。 1.大学院の授業、研究フォーラムでの発表などを通して、研究を着実に進めるとともに、その成果を学生に還元する。2.学会発表または論文発表を通して、研究交流を行う。3.最終年度に向けて、研究成果報告書の作成準備を行う。この報告書は、論文の基となる調査データと論文から成る。最終年度に報告書を完成させるため、調査データの蓄積を引き続き行う。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
必要な図書があったが購入金額が不足したため、次年度にその購入を持ちこし、有効に使用することとした。 国学関係図書として、『和学者総覧』汲古書院、古書価格45,000円を購入する。
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