2013 Fiscal Year Research-status Report
戦前日本の府県別実質賃金の推計:1890~1930年代の農業部門の動向を中心に
Project/Area Number |
24530391
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Research Institution | Chiba University |
Principal Investigator |
荻山 正浩 千葉大学, 法経学部, 教授 (90323469)
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Keywords | 市場経済 / 商品作物 / 奉公人 / 労働市場 / 小農 / 労働供給 / 賃金 / 自給生産 |
Research Abstract |
下記の2つの課題を遂行した。 1 20世紀初頭徳島県北東部の事例研究 近世以来、商品作物の藍の産地であった徳島県北東部では、農家は市場から肥料を購入して藍を生産し、それを藍商に売却するとともに、家族を藍商の下に奉公に出して市場から収入を稼いでいた。しかし、1900年代中頃以降、国産藍の需要が減少すると、この地域の農家は藍作の縮小を余儀なくされた。本研究では、こうした市場の変化が農家の労働供給、さらに労働市場にいかなる影響を与えたかを分析した。その結果、同地域の農家は、藍作に代えて養蚕や稲作を拡大して市場から収入を稼ぎ、市場から安価な肥料を調達して支出を抑制することで、農業経営の剰余の増加を達成し、それによって労働市場では労働供給が制約され、奉公人の賃金が高騰したことが明らかとなった。そこで、この点を論文にまとめて国内の学術誌に投稿した。 2 19世紀末~20世紀初頭長崎県島原半島の事例研究 長崎県島原半島では、1900年代まで、農家は自給的農業を営んでいたが、1910年代以降、遠隔地の市場との統合が進むと、養蚕に従事して県外の市場に繭を売却して多くの収入を稼ぐようになった。さらに同時期、この地域では県外へ大量の労働力が流出する事態も発生した。本研究では、こうした市場の統合が農家の労働供給にいかなる影響を与え、それが労働市場にどのように反映されたかを分析した。それによれば、同地域の農家は、養蚕によって市場から多くの収入を確保するとともに、農業生産力の上昇によって増産した自給肥料を多投し、市場からの肥料の購入を控えて支出を抑制することで、家計所得の増加を達成した。その結果、農家にとって家族を世帯外で就労させる必要性が低下したため、県外へ労働力が流出した背景では、遠隔地の工場が賃金を大幅に引き上げて人手を確保していたことが判明した。そこで、この点をまとめて学会報告を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本年度、勤務先で教務と入試の役職に就き、しかも組織改正の準備まで担当せねばならず、それに相当な時間を割く必要に迫られた。そのため、徳島県北東部の事例研究については、論文の完成と投稿が遅れ、長崎県島原地方の事例研究に関しても、学会報告を実施できたものの、その後、追加調査を実施し、報告内容を論文にまとめるまでの作業を終了することができなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
下記の3つの課題を遂行したい。 1 20世紀初頭徳島県北東部の事例研究 投稿論文に関して、必要であれば追加調査を実施し、引き続き改訂を行って公刊を目指す。 2 19世紀末~20世紀初頭長崎県島原半島の事例研究 学会報告の内容を改訂し、論文にまとめる作業を行う。その際、とくに農家の労働負担が問題となる。この地域では、市場の統合とともに養蚕が急速に普及したが、養蚕は農家にとって新たな労働負担をもたらした。従って、農家が他の作業の労働負担をどのように減らし、農繁期の作業をいかに調整して、労働負担の増加を抑えていたのかが解明されねばならない。そこで、追加的な調査を行い、その成果をワーキングペーパーにまとめ、さらに改訂を行って学術誌に投稿したい。 3 市場の統合と後進地域の農業生産に関する事例研究 長崎県島原地方の事例を分析するなかで、経済発展の遅れた後進地域では、農業生産力が低く、自給的な農業が行われていたが、市場の統合によって、これらが後進地域の農家にとってむしろ家計所得の増加をもたらす有利な条件となることが判明した。なぜなら後進地域の農家は、市場の統合によって、域外の市場に農産物を売却する機会を得る一方で、農業生産力の上昇をはかり、それによって堆厩肥などの自給肥料を増産し、市場からの肥料の購入を控えて支出を抑制することで、市場から多くの利益を確保できるようになったためである。そこで、同じ後進地域の秋田県、新潟県、山口県、宮崎県に関して、この仮説を実証するため、農業生産の調査などを収めた戦前の県庁文書を対象として資料調査を行いたい。
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