2012 Fiscal Year Research-status Report
財務会計における保守主義の合理性についての理論的探究
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24530572
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
太田 康広 慶應義塾大学, 経営管理研究科, 教授 (70420825)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 保守主義 / 契約統制機能 / モラル・ハザード / 有限責任制約 |
Research Abstract |
現在、有限責任制約付きバイナリ・モラル・ハザード・モデルにおいて、契約可能な会計シグナルが、それよりも精緻な連続シグナルに依拠している設定で分析を進めている。会計シグナルの基となる連続シグナルは、企業業績の実現値に基づいて、平均が異なり分散の等しい正規分布にしたがって実現する。会計システムは、この連続シグナルの実現値とあらかじめ決定しておいたカットオフ値に基づいて、良いシグナルと悪いシグナルのどちらかを生成する。この会計シグナルだけが契約目的に利用可能であるとする。 有限責任制約の設定では、プリンシパルは、無限に保守的な会計システムを選好する。これは、正規分布の単調尤度比特性のため、極端な実現値には非常に多くの情報が含まれているため、プリンシパルがこれを利用しようとするからである。しかし、明らかにこの設定は、現実的ではない。そこで、エージェントの報酬金額に上限を導入することで、有限な会計システムが最適となる設定で分析を進めた。 この設定の下で、プリンシパルは有限に保守的な会計システムを選択する。保守主義を特徴付けるカットオフ値は、好業績の生起確率、企業規模、エージェントの報酬の変動性について増加し、エージェントの努力コストについて減少する。会計システムがある程度以上保守なとき、カットオフ値は会計エラーの標準偏差について増加し、ある程度以上リベラルなとき、カットオフ値は会計エラーの標準偏差について減少する。また、企業業績の平均と分散について、カットオフ値はともに増加することがわかった。 他方、カットオフ値ではなく、保守主義の程度がどのように変化するのかを分析すると、好業績の生起確率、エージェントの報酬の変動性について増加し、エージェントの努力コストについて減少することがわかる。面白いことに企業の収益性は保守主義の程度について中立的である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
当初は、無限に保守的な会計システムを有限のレベルに留めるために、先行研究と同様に、エージェントをリスク回避的だと仮定して分析する予定であった。一般的な効用関数のほか、絶対的リスク回避度一定の負の指数関数効用を想定して分析を進めたが、均衡条件が思いの外、複雑であって、記号の正負の判定が難しい。そこで、エージェントをリスク中立と仮定したまま、エージェントの報酬額に外生的に上限を課したところ、最適な会計システムがシンプルな陰関数で記述できることがわかった。クローズドには解けないが、会計システムの性質を調べる上では、陰関数定理を使えば問題ない。 単調尤度比特性により一階の確率支配が成り立つこと、逆ミル比(正規ハザード関数)が単調増加であることなどから、いくつか補題を導き出し、これと陰関数定理を組み合わせて多くの結果を得ている。また、企業業績の平均と分散、保守主義の程度といった新しい変数について、式をまとめ直して、比較静学をすることで、予想外に面白い結果が導き出せている。 基本的に、エージェントの報酬額に外生的な上限を課したというアイディアが、この問題の分析に有効であって、しかもリスク中立性のおかげで、結果がシンプルな形をしているので、当初の計画以上に研究が進展しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
現在、いわゆる無条件保守主義については、かなり具体的な成果が上がったと考えている。しかし、2000年以降、会計研究の焦点は条件付き保守主義に移っている。そして、無条件保守主義の数理モデル分析の先行研究はいくつかあるが、筆者の知るかぎり、条件付き保守主義について、フォーマルな理論モデルの先行研究は存在しない。しかし、近年、条件付き保守主義についての実証研究が増加しており、フォーマルな理論モデルから導出された仮説群の需要はかなり大きいものと思う。 そこで、次年度では、エージェントの意思決定後に、潜在的に大きな(負の)環境変化が起こるという設定を分析する。潜在的に大きな(負の)環境変化があった場合、会計システムは自動的に通常とは異なるカットオフ値を採用して会計シグナルを生成する。これは、有限責任制約付きバイナリ・モラル・ハザード・モデルにおいて条件付き保守主義を分析する上で、自然な拡張方法であると考える。 ただし、もう一段階、場合分けを導入し、会計システムのカットオフ値を2つにすることによって、分析上、符号を判定する必要のある式は著しく複雑になる。初年度のように効率的に分析が進むことは考えにくい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
すでに、国際的な査読付き学会(ヨーロッパ会計学会・アメリカ会計学会)で、討論者付きの口頭プレゼンテーションをすることが予定されている。このほかの国際学会でも、論文報告できるよう、論文の改訂を進め、分析系の研究者の多い学会で専門の研究者から有意義なコメントをもらうことを目指したい。有意義なコメントが得られれば、その方向で論文の改訂を進める予定である。 論文の完成度が一定の段階に達したら、英文学術雑誌に投稿の予定である。これにともない、英文校正料と雑誌投稿料の発生が見込まれる。 現研究の発展として、株主ではなく、経営者が会計システムをデザインする場合にどのような結果になるのかを分析するモデルを考えることができる。この研究がワーキング・ペーパーのかたちでまとまれば、同じように国際学会で報告し、学術誌に投稿することを考えたい。
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